葬式にきた男

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・短編企画【葬式】
・ジャンル【ホラー】
・原稿用紙【13枚】

秋山真琴 [KIkzW-dtfKr-ZTbkz-DFXyh] HomePage 2003/10/30(木) 09:18:43

葬式にきた男
秋山真琴

 門番の男は空気の流れを感じ、カンテラを持ち上げた。
 暗がりの中に男が立っていた。
「俺は流しの葬式屋。ここ二三日ばかし、食うもんも食ってないんだ」
 スパニッシュなまりの英語だった。
 門番はスパニッシュで答えた。スペインは彼の故郷だった。
「葬式屋とはまた縁起の悪いやつだ。しかしちょうどいい。流行り病で子供が何人か死んだんだ。誰も恐がって死体に近づかないんだ、埋葬してくれたら死ぬほど食わしてくれるだろう」
「助かった。死んだ子供たちに感謝しなければな……や、失敬」
 男もスパニッシュで答えた。
 門番は「来いよ」と声を掛けると、男に背を向け、村外れへと向かった。そこでは今も、墓場に埋めることなく打ち捨てたままになっている子供たちの死体をどうするか、話し合っているはずだった。
 道中、黙り込んでいるのも不自然なので、門番は男に声を掛けてみた。
「流しの葬式屋ってのは儲かるものなのか?」
「いいや、まったく。だが、誰かがやらないといけないからな」
「そうか。偉いんだな」
「はは。俺はただ社会不適合者なだけさ。死人しか俺に付き合っちゃくれないのさ」
「…………」
 口調こそ明るいがどこか陰気な男だ。門番はそう思った。
 そしてなんとはなしに振り返ってみて、男がふくらんだボストンバッグを持っていることに気付いた。
「何が入ってるんだ?」
「これかい?」
「ああ」
「仕事道具さ。聖書や線香、小さいがスコップや墓石も入ってる」
「ああ、なるほど」
「クリスチャン、ヒンドゥー、イスラム、仏教、無宗教。何でもござれだ」
「…………」
 話が途切れてしまう。
 口調には馴れ馴れしさまで見れるのに、なぜかそれが安心感を誘わないのだ。腹に一物抱えていそうな、強いて言うならば、危険な香り。男は妙な空気をまとっていた。
 ざっくざっくと歩いているうちに、村外れの小屋についた。
 そこはかつて墓守の住居だったが、子供を埋葬しようとして自らも流行り病に罹って死んでからは、住むものもいない。
 今は人の話し声とかがり火が漏れていたが、立てつけが悪く、雨漏りもするらしい。この騒動が終われば打ち捨てられるだろう。
「待っていろ、話をつけてきてやる」
「ああ、頼む」
 男はボストンバッグを地面に落とすと、額の汗を拭いた。
「悪いがこれを持っていてくれるか」
「ああ、お安いごようさ」
 男にカンテラを預け、門番は小屋に入った。
 外の冷え込みとは対照的に、中はいやに暖かかった。
 門番が小屋に入った瞬間、テーブルを囲んでいた男たちはびくりと肩を震わせたが、入ってきたのが門番だと知るとぎこちない笑みを浮かべた。
 ちろちろと揺れる炎が、彼らの笑みを不気味なものに見せた。
「どうした? 交替の時間には早いんじゃないか」
「そうじゃない。実は、流しの葬式屋がやってきてな」
「葬式屋? 流しの? なんじゃそりゃ」
「その名の通り、葬式のプロなんじゃないかな。クリスチャンから無宗教まで大丈夫だと言っていた」
「…………」
 男たちは門番を不審気に見やった。門番は慌てて両手を振った。
「スコップや墓石も持参しているらしい。きっとあの子供たちのことも弔ってくれるさ」
「流行り病のことは言ったのか?」
「……言っちゃいけなかったか?」
「馬鹿! 当たり前だ! その葬式屋は今どこにいるんだ? 今ごろ逃げ出してる最中じゃないのか?」
「まさか」
 門番は慌てて小屋を出た。しかしそこに男の姿はなく、男に渡したカンテラの明かりも見えなかった。
「そんな……」
 門番は目をこすって、四方を見渡した。すると墓場の方にぼんやりとした明かりが浮いていることに気がついた。
「ひっ」
 思わず息を飲んだが、すぐにそれが男に手渡したカンテラだと知る。小屋を離れ、恐る恐るカンテラの明かりが照らす方に向ってみると、先ほどの男が身の丈ほどもあるスコップを地面に突き立てていた。
「やあ、あんたか。あんまり遅いんで、仕事を始めさせてもらったよ」
 男は片手にカンテラを持ったまま、もう片方の手だけでスコップを操っている。器用と言うよりは、その腕力に驚嘆する。門番は慌てて、男の手からカンテラを取り戻した。
「ありがとよ。やっぱ、穴を掘るには両手を使わないとな」
 ニヤリを笑みを覗かせ、男は再びスコップを地面に突きたてはじめた。一度に掘れる量が先ほどの倍以上になっている。
 門番はカンテラを手にしたまま逡巡した、このまま男の足許を照らしつづけるべきか、小屋に戻ってこのことを報告するべきか。
「月明かりで充分だ。子供たちの死体もすでに確認した。後は棺なんだが、さすがにこればっかりは用意して貰わなきゃならない」
「ああ、棺なら人数分、あそこに――あそこだ、あの木の根元に」
「あれかい? あの二つに分かれた枝に、やけに太った鳥が乗っかっている」
「そう、夜堕烏が止まっている木だ。あの根元に人数分あるはずだ。それを使ってくれ」
「分かった。それじゃあ、全部済んだら呼びに行こう。それまではのんびり待っていてくれ」
 それきり男は口を閉じ、墓穴を掘ることに集中した。
 門番は数秒間、立ち尽くしてから小屋に戻った。小屋の中の男たちはやはりびくと肩を震わせてから、門番に愛想笑いを見せた。
「な、どこにもいなかっただろう?」
「いや……その、実はすでに墓穴を掘っていた」
「なんだって!」
「本当だ。棺の場所を聞いてきたから教えてやった。そうしたら、全部済んだら呼びに行くって言って、それっきり……」
「ってことは今、その葬式屋ってのは、子供たちを埋葬しているところなのか」
「そうだ」
「やったじゃないか。そいつが何者かは分からないが、子供たちを埋葬してくれるのならそれでいい。……待てよ、報酬はどうするんだ。莫大な報酬を吹っかけられても、俺たちには払えないぜ」
「腹が減ったと言っていた。それで俺が、埋葬してくれたら腹一杯食わしてやると持ちかけたら、頷いていた」
「ってことは何だ? 俺たちはつまり、その葬式屋って野郎に好きなだけ食わしてやれば、子供たちを処分できるのか」
「処分と言うのはやめろ。だが、恐らくはその通りだろう」
 薄明かりの中、集まった男たちの間に自然と笑顔が広がった。ピンと張り詰められていた空気が、だらりとゆるみ。ほっと息をつく声が、そこかしこから聞こえた。
 けれど、その安堵の笑みでさえ、揺れる炎に照らされて歪んだものに見えた。


    ◆


 苦難から解放された反動か、気がつけば男たちは小屋の中で眠ってしまっていた。
 一番最初に目覚めたのは、小鳥の囀りに起こされた門番だった。
 門番は雑魚寝する男たちを踏みつけないよう注意して、小屋を出た。するとちょうど、墓場から昨夜の男が歩いてくるのが見えた。
 夜明けが近く、東の空はもう明るい。こちらへ向って歩いてくる男の表情は妙に清々しく力強い、その足取りは徹夜で死体を埋葬していたものとは思えなかった。
「いい朝だな」
「一晩中、やっていたのか?」
「ああ、おかげでいい墓が作れた。子供たちも浮かばれることだろう」
 男は東の空へ顔を向け、眩しそうに目を細めた。
「それじゃあ。俺はそろそろ村を出るよ」
「え?」
 門番は驚いた。
「何を言ってるんだ、腹が減ってるんじゃないのか? それに寝ていないんだろう、俺の家に来るといい。ふかふかのベッドで寝かしてやる」
「いや、もう充分に食わしてもらった。それに俺は、自分の枕じゃないと寝られない性質でね」
 クックッと笑い、男は門番に背を向けた。そしてスタスタと村の出口へと歩きはじめた。両手に持っているボストンバッグは昨日に比べ、量が減っているように見える。墓石の分だろうか。
 小さくなっていく男の背中を見守ることも、その背中を追いかけることもせず。門番は墓場へと走った。
 少しずつ明るくなっていく中。
 墓場には真新しい墓石が幾つか立っていた。
 木の根元に放置しておいた棺はなくなっている。
 墓石には彫ったばかりと思われる墓碑銘が刻まれている。RIPと。
 門番は服が汚れることも構わず、地面に耳を押し当てた。
 勿論。なにも聞こえない。
 死者は物を喋らない。
 自分がそこにいることを主張しない。
 門番は立ち上がって、村の出口に目を向けた。
 男の姿はない。
 もう村を出て行ったのだろうか。
 墓石を見下ろし、門番は小屋へ戻ることにする。
 子供たちは無事に埋葬されたのだ。それでいいじゃないか。
 そう自分に言い聞かせて、門番は墓場を去った。


    ende

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