西から太陽が昇った日には?

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 今回は、ゆるゆるの短編ばかりを集めた作品集にしたいと思っています。
 軽い休憩として読めそうな、肩のこらない短編を目指しますので、もしよろしければ、
気軽なきもちで読んでやってくださると有り難いです。
 
 一作目は新年にちなんだお話から!
 

透 あかる [IFfsL-SlhGv-ZKULW-VYIjW] HomePage 2006/01/07(土) 03:19:44

ワンダフル・ニュー・イヤー

 あけましておめでとうございます。ええ、家内も、息子も元気にしています。
旧年中はたいへんお世話になりました。本年もまた……
 

 え、昇進のお喜び? いえいえ、そんな大層なものではないのですが……ええ、
そうですね、一家が楽に暮らせるようにはなりましたでしょうか。息子が生まれた
のは、正直助かりはしたのですが、たいしたことはないですよ。
 謙遜だなんてそんな。中央に移動と言っても、待遇だって、前とほとんど変わら
ないんですよ。ふところは暖かくなりましたけれどね。ははは。いやみですって?



 そうそう、山本さんのお話をお聞きになりましたか。左遷のようで……。
嘆かわしいことです。彼は、本当に職務ひとすじの、男気あふれる御仁であったと
いうのに。ええ、どうも噂では、上司の怠慢に激怒して、噛みついたことが決定的
だったとか。全く、理不尽にもほどがありますよね。

 ええ……前から彼は、正義漢でしたからねえ。泥棒にも単独で立ち向かったくらい、
使命に燃える男だったでしょう?
 ちょくちょく上司に進言しては、うるさがられていたようです。目の上のたんこぶ、
とでも言いましょうか。それにしても酷い。

 ええ。その上司の怠慢のせいで給与が貰えず、山本さん、飢えを霞でしのぐ生活
だったようですよ。私たちなんて、上司の器で左右される存在でしかないですからねえ。
いやな時代になったものです。
 

 それで、いま山本さんは? そうなんですよ。今どうしてるかは聴いてなくて。
……ええっ。倉庫番ですか。ほんとうですか! あんな寒いところに、一日中居続け
なんて。これならまだ段ボール生活の方がましというものですよ。ええ、それほど
酷いんですよ、あの部署は。特に彼は定年まぢかでしょう。乾いた北風が身体にどれ
ほどこたえるか……! 
 
 こうなると、一度彼に会いに行かないといけませんね。ええ。憂さ晴らしですよ。
手みやげをたくさん持って、飲み明かしましょう。ぜひとも、彼には頑張ってほしい
ですからね……。



 ところで、え、小宮さんは今どうしてるかですって? あいつはもうだめですよ。
更正の余地なし。反省なんて、生まれてこのかた考えたこともないような男なんです
から。少しは猿でも見習ったらいいんですよ。あんないけすかない動物でも、あいつ
よりはましというものです。ほら、あの反省ザル。右手をだして首を垂れる……そう
そう、あれです。え? 古いですって? あなただって、大してわたしと変わらない
年でしょう。ははは。


 ああ、そうそう。小宮さんでしたね。あいつ、また外で女つくって、子供産ませた
ようで。そう、もう三度目ですよ。それにしても今回は酷かった。相手方がそろいも
そろって、小宮家に殴り込んできたんですよ。もちろん、子供も一緒に連れてね。

なんと、三つ子だったんですよ。どうやったら、そんな器用なことが出来るのか……
もう呆れるしかないですね。

 私、彼の隣に住んでいるでしょう? だから一部始終すべて知っていますよ。
あんな大騒ぎして、この界隈じゃあもう知らない人はいませんよ。子供はどちらが育て
るだの、養育費だの、もう生々しいったらありませんね。せめて罪のない子供達が、施
設に入れられないよう祈るしかありませんよ……。

 ええ、私にも息子が出来ましたからね。親の気持ちというか、見ていてやるせないで
す。全く、悪い時代になったものだ……。ああ、すみません、新年早々、せちがらい話
ばかりで。ええ、私たちも、お互い頑張りましょう。折角私たちの年なんですからね。


 私も、やっと暖房付きの屋内に入れてもらったことだし、あなたも、見合いの話が来
ているんでしょう? やあ、隠したってだめですよ。この地獄耳に入らない話などあり
ません。ははは。あ、では、上司が呼んでいますから。
 うちの上司、まだ若くって、わたしがしっかりしていないと、すぐ溝にはまるんです
よ……ああ、もうたどたどしいったら。ははは。はい、ではまたお会いしましょう。


 そうそう、すっかり忘れていた。本年もよろしくお願いしま……痛い、いたい! 
ボス、そんなに強く首引っ張らなくても……



「コロー、コロってば、早く行かないと、ままがご飯くれないよー。おうちにも入れて
あげないんだからね! そうそう、いいこいいこ。」





 ワンだふる・ニュー・イヤー!

透 あかる [IFfsL-SlhGv-ZKULW-VYIjW] HomePage 2006/01/07(土) 03:33:58

夜を泳ぐ



 窓を開けベランダに出てはじめて雨が降っていることに気づく。
 それほど静かで穏やかな霧雨だった。


 腕にふれるそよ風は湿り気を帯び、ふんわりと甘露のにおいが鼻を
かすめる。真下に見える夜の公園は、しらじらと光る街灯で露にされ、
身の置き所がないようにくたびれて佇んでいた。



 不意に押しあげる苛立ちを持てあまして、私はあせるようにライターを
擦る。しゅ、と軽い音を立てて一時だけ、雨に閉ざされた世界に明かりが
灯った。とても微かで、ふるえるほど小さな黄色の明かり。それは儚い希望
のようであったし、だれかの祈りでもあり、やはりただの炎でしかないような
気もした。


 煙草をおぼえたのはいつからだったろうか。
 闇のただなかで、白煙がゆるやかに散っては消えてゆく。霧雨が身体を湿らせ
ていくのは、予想以上に心地よかった。どこか遠くで響いた車のクラクションや、
渦を巻く風のうなりは現実をつれさっていく。こうしてただ煙を吐いていると、
まるで海の底であぶくを放つ深海魚のような気分になった。



 目を閉じる。すると波の音があふれだす。青みがかった視界のなかで、海底に
たまる砂を蹴散らし、あてもなく彷徨いながら、いちばん穏やかで真っ直ぐな
海流を見つけだす。流れにのって、あとはただ進むだけ。帰りたいと思うまで、
するすると泳いでいくだけ。

 周遊する小魚たちを器用に避けて、ただただまっすぐ。



 目を開く。いつもと変わらない公園、ビル。変わらない狭苦しい道路、桜の
並木、統一感のない民家。おなじみの街並みが、夜の底で深く腰を落ち着けている。

 体内全ての空気を押しだすように、あたしはひときわ大きな煙を吐いた。
 煙草を揉み消して、空をみあげる。黒々と濃密な暗闇に、ぽつぽつと穴が空いた
ように、星。
 不意に泣きたくなったけれど、面倒だから明日にしようと思った。


 欠伸をひとつすると、ようやく睡魔がやって来る。大きく伸びをして、夜に背を
向けた。
 数時間後にやってくる、輝く朝日を期待しながら。

 

透 あかる [bjNkF-XJVIL-IWwLm-wWEja] 2006/06/21(水) 00:47:58

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