サンドリオンに恋した魔法使い

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 ご無沙汰していました、おやまです。
 まぁいろいろ急がしくて小説なんて書くのは久しぶりです。しかも超苦手分野ですよどうしましょう。秋のうちに書き上げようなんて思ってたら気がついたら冬で貯金分はまだ起承転結の起の部分しかかけてませんよ。でも連載で出してしまったらプレッシャーで書くだろう。そんな目論見があったりします。

 何故、魔法使いはシンデレラの願いを叶えたのか
 何故、魔法使いはシンデレラに見返りを求めなかったのか
 この物語はそんなささやかな疑問のささやかな回答のひとつ…… 

目次

1.嘘名の大魔術師
2.天井裏の住民
3.糸車の調
4.透明な竜
5.南瓜の中の糸瓜
6.灰被りの少女
7.それぞれの秋
8.魔術
9.型紙と包帯
10.人のものは私のもの、私のものは私のもの
11.知らぬが王子
12.王様の失敗
13.大魔術師の嘘
14.無知全能
15.友達
16.魔法
17.それから

おやま [GIaxU-LtnYX-zrvqH-wCclM] Mail 2006/01/30(月) 02:11:36

1.嘘名(うそな)の大魔術師


 魔という字のつく不思議な力がどういうものなのか、正しく理解されていない時代の話だ。
 地上に住む人々は、なかなかこの不思議な力を拝める機会はなかった。ほとんどの人は、空を見上げると時々見つけることができるさまざまな建造物に、魔という字のつく不思議な力を持っている人間が住んでいるということくらいしか知らない。
 でも、最初からそんな力を持っている人らは空を飛んでいたわけでもない。その名残で、各地に細々と伝承が残っていた。だから、誰もが知っているのだ。
 奇跡のような不思議な力を持つ人は確かにいる、と。

 塩の内海に面する国があった。土地の豊かさ、海運のよさが仇となり、ずっと他国の脅威にさらされてきた。
 国王はどうしたものかと悩んだ。戦をすれば、国内が荒れ果ててしまう。しかし、仕掛けられる前にこちらから仕掛けてしまったならば、国内で人手が少なくなり、まともに農業が営めなくなる。なるべく平和に穏便に、かつ損のないよう済ませる方法はないものかと、国王は悩み続けていた。
 そんな時、時の国王と利益の一致する者が、城を訪れた。
 引きずるほどに裾の長い灰色の長衣に、唾の広く、頭の先が尖がった帽子を被ったひょろりとした青年だ。赤い絨毯に映えない青年は、決して王に屈することなかった。帽子すら脱がないことを咎める者もいなかった。
 その青年は、ある話を国王に持ちかけた。
 国王も快諾した。
 この約束事のおかげで、それから百年、この国は戦火に晒されることなく豊かに発達することができたのだ。今では農業だけではなく、技術や芸術の水準も高い国となった。 
 大魔術師ライ、と首都を影で覆う巨大な塔から使者として現れた青年の名は記録に記されている。どこにでもいる冴えない教師のような面の青年が提案した百年以上も効力を失わない魔法は、とても単純で簡単なものだった。
「これから毎年、この国に食料を買いにきます。末永くお付き合いできるといいですね」
 噂というものは恐ろしい。時々天空から塔が姿を見せ、この国の上に浮いているだけで、この国は魔術師らと手を結んだことになってしまった。実際戦争になったら魔術師らがてこ入れするなんて、誰も約束していないのに。
 末永いお付き合い、という言葉に、国側も、魔術師側も努力した。魔術師側は、王子の生誕や結婚時にさまざまな贈り物を贈った。国側も、祝い事には必ず大魔術師に招待状を送った。

 それから百年。

 国王は何代も進んだ。
 大魔術師ライは、名前の後ろの数字が増えただけで、ずっと変わらぬ容姿を保ち続けていた。

おやま [GIaxU-LtnYX-zrvqH-wCclM] Mail 2006/01/30(月) 02:12:54

2.天井裏

 西へ東へ彷徨う塔がある。塔は基本的に空高いところに浮かんでいるが、地面が恋しい、寒い、紅葉が見たいなどの要望が毎月集計され、多数決で行きたい方向に行き地に根を下ろすこともある。
 しかし、ある一月だけはずっと一つの国の上空に留まることになっている。行きたいところにその一月は行くことはできないが、それを不服とするものもいなかった。何たってその一月は美味しい食物や様々な物資がたんと手に入るのだ。
 もっとも、皆が皆、物資の輸送を行うわけではない。大体の者は、欲しい物とその重要度を書いて、担当に渡す。ここ十年ほど、担当はずっと同じである。
 担当は、塔の中に住んでいる妖精だ。

 天井は高いし、決して部屋は狭くない。しかし、調合用の器具やガラスや石英の管が幾重にも伸び、様々な薬の材料を詰め込んだ棚と、様々な資料や文献を収めた大きな本棚が人一人が何とか通れるほどの幅でひしめきあっている。来客者のくつろげるスペースというのは、壁を這う細い階段を登った先の天井裏なのだ。従来の天井をぶち抜いて用意されたスペースは、水道の配管が丸見えで、おせじにもくつろげる雰囲気ではない。その代わり、入り口が見下ろせる狭い隠れ部屋のような雰囲気で、秘密基地が好きな類の者を虜にする性質がある。
 ノックもせずに入ってきた小さな子供はこんなところが大好きなのだろう。ほとんど毎日ここに顔を出す。
「いらっしゃい」
 秘密基地のような書斎兼応接間。この部屋の主の濡れているような黒髪を持つ少年はため息をついて席を立った。汚れてもいいように、服は黒い長衣。裾を短くしてしまったら、薬品が直接肌に触れる危険度が増すので、熱くても少年はその格好で過ごすようにしている。
「紅茶」
 子供の声は眠気の敵のような存在感を持っていた。声は細いけれども、だからといって聞こえにくいというわけではない。怪談をするのにこれほど向いた声もなかなかないだろう。
「はいはい。オレのもな」
 来客者は足音をほとんどさせずに階段を登ってくる。その間にも、黒髪の少年は、下へと繋がっている栓を開き、天井の傍から垂れ下がっている紐を引いた。慣れた様子で来客者は天井裏の流しの中から自分の白い陶器のカップを下から伸びてくるガラス管の蛇口の前に差し出した。下の階では、常に沸騰している水の釜の上に、もう一つの口が開いた。その口から加熱された蒸気が二階のほうへと上がってゆくが、二階の天井あたりで水に冷却され、ほどよい加減のお湯になる。そのお湯は、紐を引かれることで茶葉が落ちてくる丸いお湯たまりで、程よい色になるまで貯められる。いい色になったところで、色を感知する仕組みが働いて、先へ続く栓が自動的に開き、細い網目を通って小さな子供の手元のカップに注いでくるのだ。
 二つ目のカップがいっぱいになったのを確認して、黒髪の少年は栓をしめた。上へ登ってきた残りの水は、ざっと管を洗い流して蛇口から出てくるようになっている。使用済の茶葉は、重さで分けられて自動的に生ゴミの袋に入るようにこの間作り直したところだ。
「随分いい色に香りが出るようになったね」
 片手に自分の白いカップ、もう片手に少年の茶色いカップを持って、小さな子供は五十本の輪を描く丸太のテーブルにコップを置いて、封の開いていない一斗缶に腰かけた。
「改良に改良を重ねた結果だ。おかげで、椅子買う金がなくなっちまった」
 子供は頭巾を脱いで、お茶を一口。頭巾を脱ぐと、この塔じゃ他に見られないひゅんと尖った長い耳と、糸にしたいと持って帰りたがる者が出てくるような金髪が露になる。顔も見事だ。一緒に寝たいと言い出す女の子がいてもおかしくないほど、悪意のない人形のような面である。人間でいえば一番下の学校に入るか入らないかくらいにしか見えない。だが実際のところ、この子供は少年よりもずっと年上だ。
「あとはお茶葉の問題かな」
 黒髪の少年も、お茶を一口。
「お茶葉をオレに流してくれ。この部屋立ち上げにかなり使ってしまって余計なものを買うだけの金がねえんだ」
 子供は首を横に振った。 
「これから頑張ってお茶くらいいいもの買えるようなお給料もらってね、イドン先生」
「誰もいないところだったら変わらず呼び捨てにしてくれ。お前にまで先生と言われると気持ち悪くて仕方が無い」
 黒髪の少年はまだ十六だと言いたげに、やれやれと肩をすくめた。
 子供は苦笑いを浮かべながら背中のサックから分厚い資料を出した。
「わかったよ、コルト」
 それでいいと、コルトは鷹揚に頷き、口を開いた。
「今年もそんな季節か」
 分厚いファイルを開くと、この塔に住む一人一人の名前と、欲しいものとその重要度が書かれてあった。
「うん。明日から毎日買出しだよ。で、いつものことだけれども君のが出ていない」
 言い訳を許さぬ厳しい子供の物言いに、コルトは頬を掻いて、あさっての方を向いた。
「うっかり忘れていたんだよ。食事と風呂以外じゃここから出ないからな」
 はぁ、という深いため息に、コルトは安堵した。とりあえずは許してもらえたようだった。
「んじゃ、今書いて。今。今ここで作業するからさ、その間に希望のものをまとめてね」
 子供に手渡された白い紙に、今度はコルトがため息をつく番だった。
「こんなちっちゃいリストにオレの欲しいもの全部が書けるかっていうんだ」
「買えるものだからね、コルト」
 勤労な子供は、もう作業を始めていた。リストに載っている中で買えそうなものに印をつけていっている。カリカリカリカリと子供の手の中でペンも熱心に働いていた。
「買えなくても手に入りそうなものなら書いてもいいな?」
 了解を得る前に、コルトは自分の机の上でさらさらと羽ペンを動かした。
「何が欲しいの?」
 怪訝そうな子供の声に、背中を向けたコルトは得意げにいった。
「灰被っているような女の髪の毛……できれば魔力をほとんどもってない奴のがいい。お前が女だったらよかったのにな」
 子供の肩からフードがずり落ちた。
「今思いっきり軽蔑したかのような視線を投げただろ」
「うん。その通りだよ。そんなもの何に使うの?」
 愚問とばかりにコルトは得意げに鼻を鳴らした。
「老け薬の材料に。詳しい調合式や理論の話は聞きたいか?」
「イドン先生の授業は難しいから遠慮しとく。長続きしそうなものが作れるのかい?」
 鈍い動作でコルトは背を向けたまま首を二回横に振った。
「日付変更線は多分超えられないな。オレの計算式によると、一本精神的にストレスが溜まっている夢見がちな女の毛が入っていると、このストレスが燻銀のようなダンディさを出すと……」
 永遠と続きそうな講釈を、尖った耳の右から左へ流して、子供は作業に戻った。
「ま、覚えていたらね」 

 コルトは安心した。
 ほかのヒトとはちがって確信は得られないが、妖精の言葉はほぼ了解した、と取ってもいいものだから。

おやま [GIaxU-LtnYX-zrvqH-wCclM] Mail 2006/01/30(月) 02:19:15

3.糸車の調
 十四、五歳程度の年の少女は仕立て部屋の扉にもたれかかって人? を待っていた。緊張してほんのりそばかすだらけの頬が赤いし、はみ出した毛がないかと何度も何度も栗色のみつ編みを撫でている。
 ほぼ毎日会える人……いや、人なのだろうか。そんな存在なのに、今日ほど胸の鼓動を意識する日はなかった。誰かのために、こんなに意識が乱れることはなかった。少女は今塔の中にいる魔術師見習いの中でも、一二を争うほど、制御の術に長けているのに。
 塔の廊下は基本的に壁に沿って右回りの螺旋を描いていて、四分の一の弧を進む度に、ほんの少しの段差と坂がある。実は、この塔は全ての部屋が四分の一ずつずれ込んでいる。本当ならば、一階四部屋といいたいところなのだけれども、一番下のほうにある食堂や風呂、それから真ん中ほどにある図書館、それから一番上にある部屋以外は、何階四分の何、という風に呼ぶ。
 今少女が誰かを待っている仕立て部屋は、十六階四分の三だ。その階の天井があき、目の前に金色の髪が垂れ下がってきた。
「待った?」
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「ごめん、驚かせちゃった」
 逆さで天井から顔を出したのは、ひゅんと尖った耳を持つ妖精の子供だ。素直にあやまって天井から降りてきた。床に足を着く音が合図になっているのか、買ってに天井が閉まっていく。
「いや、こっちこそ驚いちゃってごめんなさい、ユリン」
 よかった、と子供は安堵の表情を浮かべる。急いできたのだろう、ほんのりと桃色に頬が染まっていた。それを見て、少女の頬は林檎のように真っ赤になった。
「イルフェ、どうしたの? 風邪引いちゃったの?」
 首をかしげる子供に、イルフェは慌てた様子で手を振った。
「違うのよ、違うの! ちょっと昨日上の方でのんびり日向ぼっこしてたから……焼けちゃって」
「そう。よかった」
 ほっとしながら、イルフェはノブに手をかけた。
「今日は大切な日だから、風邪なんて引いてられないわ」
 部屋の中は、いくつもの糸車がならんでいた。糸の数だけ、車があって、それを回す歯車があって、ハンドルがある。ただ、織り機は存在しない。イルフェは今日のために昨日までに用意した緑色の数々の糸車の横を通り過ぎ、採寸台の前に行き、腕をまくった。
「ここに立って、ユリン。今からサイズ測るから」
「うん」
 素直に頷いて、子供の妖精が台の上に立った。
「さて、まずは裾の長さからと……」
 巻尺を持ったとたん、赤かったイルフェの顔が平静に戻っていって、目つきに真剣さが増していった。イルフェは自分で自分に言い聞かせる。仕事は、ちゃんとする。
「服のこととかよくわからないからイルフェに任せるよ」
「嬉しいっ」
 イルフェの手元のメモの字も心と同様に飛び上がった。
「ここの支給品の長衣だと、どうしても魔術師っぽくないのよね。地味で。見た目で魔術師だってわかるような一品にするわ」
 僕は地味なものが汚してもいいから気楽なのだけれども、と、いえるだけの余地はなかった。だから、ユリンはとりあえず頷いた。
「うん。他にもいろいろ織れるの?」
「まかせて。式服からドレスまで何だってやるわよ。でも、ここじゃ需要がなさそうよね」
 自分のウエディングドレスが織るのもいいかもしれない、なんて考えてイルフェは口元に手をあててこっそり笑った。
「この塔内カップルで結婚すればいいのにね」
 さして何も考えのなさそうな妖精の言葉に、イルフェは首をひねった。
「難しいと思うわ。私もそうだけれども、この塔にいる連中って基本的にずっと子供のころからここにいるじゃない。それだけ一緒に生活していると、恋愛しにくいわ」
「よくわからないけれども、難しいんだね、恋愛って」
 本当に分からないとつかみ所のないものを目の前にしているかのように呆然と子供はいった。おかしくて、イルフェはぷっと噴いた。
「そうね。世に恋愛評論家は多いけれども、皆違うことをいっているわ。よし、終わった。ありがと。ちょっとそこで座って待っててね」
 イルフェが示した木の椅子に、ユリンは腰かけた。
「どんなくらいで出来るの?」
 今測った数字から、イルフェは棒に刺さったマネキン人形の大きさを変化させる。マネキン人形は代々この部屋に受け継がれる一品で、背中にある目盛り付の螺子をまわすと目盛り通りの大きさになるのだ。ずいぶんこれを使用してはきているのだが、イルフェにもどういった理屈の魔術でこうなっているのかは全く分からない。
「十分もかからないわ。ま、複雑なドレスとかでも三十分もかからないと思うけれどもね」
 イルフェは腰のベルトに差しているバオバブから切り出した棒杖を引き抜いた。塔の中でも、大魔術師をはじめとする棒杖派に、教頭のように様式美や機能性を重視して長杖派にしたりと、気合を込める道具は意見の分かれるところである。本当はイルフェは自分の使う魔術を考えると棒杖とか長杖よりも、針を用いたいと持っている。ただ、針は小さすぎて向かないのだろう。金の針を持って、いくらえいや、と気合を入れても糸は全然動かなかった。
 すっとイルフェは棒杖の先を糸車らに向けて息を深く吸い込んだ。そして集中する。糸車とマネキンの二つだけが、真っ暗な世界に完全に浮かび上がるまで瞬きすらせずに凝視した。イルフェは自分の見えない手が、幾重も棒杖の先から伸びて糸を捕まえ、風の中を泳ぐように幾重にも交錯して生地を為すことを、命じた。
「行け」
 言葉とともに、光となった見えない手らがロッドの先から飛び出し、糸を捕まえ、めまぐるしく動き始めた。あまりにも早くてユリンには何が何だか、まるで見えやしない。ただ、結果だけ見れば隣のマネキンに織られた布がまき付いて自分サイズの長衣になっていくことだけはわかった。
 あらかた布織が終わった後、次はイルフェは針山にロッドの先を向けた。とたんに見えない意志に従うように、針は糸をくぐらせて、マネキンと布の間にもぐりこみ、見えないところで働き続ける。見えないところにあるものを動かすのは難しい技術だ。なのに、苦もなくこなすイルフェに、ユリンは舌を巻いた。
 針が針山に自ずと戻ってきた後、イルフェは息を吐いた。
「お見事。うまくなったね、魔術」
 イルフェは顔を赤らめた。同じ言葉を教師に言われても、あたりまえのことだから特に何も感動しないのに、今じゃ返すのに言葉が詰まる。矢次早と言葉を並べ、平然とした態度を装うのに多大な努力を試みた。
「……流石に何年もやってるとね。まあ、長衣はこのマネキンでいいけれども。やっぱりドレスになるとちゃんとした型紙が欲しいかな」
 ユリンは葉を太陽に透かしてみたような淡い緑色の長衣を見上げて、ため息をついた。
「本当にもらっちゃっていいの?」
「いいのいいの。そのかわり、ちょっと生地買ってきてよ。いつも糸から作ってると、何か感じが狂うのよね」
 こくりと小さな妖精の子供は頷いた。かわいらしいしぐさに、イルフェは頬が赤くなる。ぎゅっと抱きしめて持ち帰ってしまいたいが、そうして拒絶されることが怖い。だから笑うだけにいつもしている。顔を自然を背けるために、イルフェはできたての長衣をマネキンに脱がせて畳んだ。
「うん、じゃ、買い物で織物のあたり、優先させとくよ。ありがとう」
 出来立てのローブを受け取って、ユリンはそれを抱きしめた。
「どういたしまして。また服が欲しい時は声かけてね。勉強になるし」
 自分からプレゼントをする、なんてイルフェには出来なかった。
「うん、それじゃ、いってくる」
 あの子に似合うようにと自分が織った長衣になれたらどれだけいいだろう。淡い願いは波に浚われていってはくれない。どこか呆けた表情で、イルフェは部屋から出て行くユリンに手を振った。

 イルフェはまだ知らない。
 自分が好きになったものが、一体何なのか。

おやま [BBZsJ-jBvcP-XzDuz-saovK] Mail 2006/01/31(火) 05:11:36

4.透明な竜

 塔から地上へと降りる時は、まず塔の一番下に降りなければならない。車がおいてあるのが一階なのだ。だから、ユリンは十六階から階段を下っていた。しかし、下る階段は人間の目に見えている廊下にあるものではない。小さな妖精は、設計者以外じゃ一番塔の構造について熟知しているのだから、隠された近道を通るのだ。ユリンはこの近道のことを「建物の妖精の道」と呼んでいる。この塔の中で人の目に触れる生粋の妖精は自分だけだが、人間の目に見えない小さな妖精は、こういう塔の内側で息づいている。
 妖精の道は、壁を触ったら姿を現す通路もあれば、強く叩いたら床が抜ける超特急下り道のようなものなど、実にいろいろある。小さな妖精は長さのばらばらの管が走る真っ暗な道を、大きな浅い海色の目を光らせて自分の背丈ほどの段差のある螺旋階段を転がるように駆け降りていった。
 段が終わり、行き止まりの壁には、一階四分の二と記された金板がかかっていた。その前にたどり着いたユリンは、一生懸命背を伸ばして金板に触れた。同時に、行き止まりの壁は横にずれていく。四方八方に広がった世界に、瞬きをひとつして、ユリンは塔一階と四分の二階の外通路に降り立った。
 一階の外通路は、塔の外壁にぐるりとまきつく螺旋階段のような外通路の中でも一番幅が広い。一階の通路の終わりは、外から塔の中に帰ってくるものの為の着地地点、一階と四分の二の外通路は、塔から外へと出かけるものの出発地点となっている。
 出発地点にはもう大きな箱車が用意されていて、ユリンは舌を出した。

「ユリン遅いー。もう車の用意はできているぞー」
 御者代の上に乗り込んだ魔術師見習いは、全然待たされたことを気にしてなさそうな実にのんびりとしていた。
「ごめんごめん。で、ルグル……何してるの?」
 手元を覗き込む妖精に魔術師見習いのルグルは振り向いてにやりと笑う。
「絵を描いているんだー」
「うん。ルグルは絵がうまいね。で、箱車の絵を描いてどうするの?」
「フフフ。近いうちにわかるさー」
 返事に妖精は困惑を深めるが、意に返さずにルグルはスケッチブックを閉じた。
「まぁ、いいけどさ」
 未練を断ち切るかのように首を振り、妖精は腰のベルトにくくりつけているポーチを開け、黄金色の鈴を取り出した。鈴を吊り上げる革紐には、黒曜石のタグがついており、タグには「竜鈴」と彫られていた。妖精はなれた手つきで鈴を鳴らした。
「不思議なもんだなー。全然何の音も聞こえないのにー」
 まるでルグルには鈴の音は聞こえなかったが、すぐに聞こえる力強い羽音が心臓の鼓動を加速させる。吹き抜ける風がユリンの長い金色の髪と、ルグルの短いオリーブ色の髪を乱暴に撫でていく。二人とも空を見上げていた。空から来た生き物の影が二人と車に覆いかぶさる。
 すっぽりと車が包まれてしまうくらいの大きな翼。とさかのあるしっぽ。二本の角。青い鱗。……人はその生き物のことを竜と呼ぶ。
 竜はゆっくりと羽ばたきを弱め、箱車の前にずしりと降り立った。思わず衝撃で転びそうになるルグルだったが、妖精はそんなことも気にはしない様子で、見えない宙に手を伸ばした。竜も、妖精に向かって竜皮の輪の巻かれた長い首を伸ばす。自分ほどの大きさのある頭に、妖精は慣れていた。
 しかしルグルは慣れていなかった。というよりも、何度瞬きをしても見えはしない。ただ、そこに何かがいるのは確かなのだ。鼻息や翼の音、大きな影、圧倒的な存在感を感じるのだから。
「どうして妖精に見えてー、人間には見えないのかなー」
 指でまぶたを持ち上げて凝視してみたが、やはり透明なものは透明にしかルグルには見えなかった。
「師匠の言葉を借りると、純粋な心を持っていないと見えないってことになるのかな」
 見えていないところで、妖精の頬を友好の証なのか嘗め回す竜が、今にもガブリといってしまうのではないかと思うとドキドキする。そうなったらどうなるのか考えると少し愉快だ。きっとこの塔は明日から優秀な事務員がいなくなって大混乱するだろう。塔の首脳の二人は愛する妖精がいなくなってたいそう動揺するに違いない。
 確かこんなことばかり考えていたら竜を見ようだなんて無理だなぁー、とルグルはこっそりため息をついた。そんな見えていないルグルのささやかな妄想は現実になることもなく、妖精はポケットから出した大粒のルビーを竜の首の輪に括りつけられている袋に入れた。袋を留めるベルトには「竜の配達便」と共通語のタグもくくりつけられている。
 竜の配達便。文字通り、竜の提供するサービス業であり、竜の好む光物を代価として竜の力で大きな荷物を運送してくれる。竜鈴を鳴らしてすぐに竜が姿を見せたのは、この竜も理解しているからである。この季節、この塔のそばにいれば仕事が多いことを。そして人間の町のそばに降りるのだから、一番都合のいい色が何なのかを。
 支払いが終了したら、透明な飛竜は妖精に背を向けた。背には、竜革の長い手綱と、そして手綱より太い数々の竜革の束がのびており、首の輪とつながっている。
 妖精は革の束の半分をルグルによこし、慣れた手つきで、箱車と竜をつなげていく。ルグルはたどたどしい手つきでユリンに習った。
 作業が終わると、妖精は前の御者代に腰掛け、手綱を握り締めた。ルグルもその横に腰掛ける。何で? とばかりルグルを見上げ目を大きくする妖精に、ルグルは含み笑いした。
「後学の為にちょっとやらせて欲しいかなー」
 困惑に輪をかけたような困惑な顔をしたが、妖精は深く考えずにルグルに手綱を渡した。後悔の味を知るのは羽ばたき一回の後だった。

 頬を叩く風は翼から生み出されたもので、ルグルは満足そうに笑うのだった。
 ああ、自分は運転手になれた、と。

おやま [GIaxU-LtnYX-zrvqH-wCclM] Mail 2006/02/01(水) 02:58:00

5.南瓜の中の糸瓜(へちま)

 街はずれにある馬屋に、今は馬のいない箱車が停まっている。秋になると必ず現れる空の塔の箱車である。この箱車を見ると馬屋の主人も秋が来たと実感する。今年の秋は国の王子が将来の妃を決める秋でもある。きっと塔の主か誰か偉い人が王子への贈り物を届けるのだろう。そう考えると、年など気にせずわくわくしてしまう。
 楽しそうに箱車に馬をつける主人を尻目に、妖精は酷い空の旅で気分が悪いと箱車の中で転がっていた。逆にルグルは元気だ。楽しそうな主人と同じく、楽しそうにスケッチブックに鉛筆を走らせていた。おじさんなんて描いてどうするの? と照れる馬屋の主人にルグルはにやりと笑って、描いている馬だけですからと答えた。
 馬が箱車につくと初めて馬車になる。馬車になった時点で、ルグルは全体図が描きたいといいだし、御者代から降り使ってくださいといわんばかりの切り株に腰かけスケッチをはじめた。きっとこれも後学の為、というやつなのだろう。聞いても答えてくれなさそうな雰囲気を感じて、妖精はため息をついた。
 ルグルがスケッチをしている間にユリンは一月分の支払いのほうをすます。馬屋の主人はずっしりと重い共通金貨の支払いににんまりとした笑みを浮かべた。一月分の馬の貸し代の基準よりもかなり上乗せがある。ここで馬を借りることを宣伝するべからず、という口止め料も含んでいるのだ。馬屋にとって、塔の住民らはかなりの上客なのである。ユリンには心を詳細に知るすべはないが、きっと今晩この家の晩御飯は豪華なことくらい、察するのは難しくない。
「ルグルー、そろそろ行きたいんだけれども」
 後ろからルグルのスケッチを覗き込むユリン。スケッチはもはや何が書いてあるのかわからないほど何度も粘土まじりの黒鉛が白い紙に灰色を落としていた。
「ちょっと待ってくれー」
「どのくらい?」
「あと三時間くらいだー」
 問答無用でユリンは御者代に座り、あのバカは置いていけと馬と話をつけてしまった。
「ととととー、悪かったから待ってー」
 慌ててスケッチブックを閉じ、ルグルは駆け足で箱車の半開きになっている戸を追った。

 この季節の市場は色とりどりの作物や商品で彩られ、威勢のいい売り文句があっちこっちから聞こえ、様々な身分の人々が行き交い実に賑やかである。
 黒い長衣のルグル一人だったら市場でも浮きはしなかっただろう。そして耳を隠す為に深く頭巾をかぶったユリンも、長衣の色がやや鮮やかだが背の問題で人に注目される機会は少ない。
 しかし、馬車に刻まれた紋章が如実に二人の身分を語る。どんなに混み合った道でも、どのような身分の人々でも、馬車に道を譲った。御者代に座る薄緑色の子供と、そして馬車の小窓からちらりと見える亜麻色の髪の少年に好奇の視線を注ぎながら。
「やっぱり慣れないなー。何かひとつ夢中になれることがあれば、きっとこの居心地の悪さは何とかなると思うんだー」
 物欲しげな視線を新品の長衣に身を包む子供に投げかけたが、返事は実にそっけない。
「駄目。さっきのこともあるし、きっとルグルだったら馬に馬鹿にされておしまいだよ。そんなことよりも仕事仕事。今日は食べ物シリーズで夕飯ご馳走にしよう」
 ユリンはイルフェには悪いけれども、と心の中で詫びながらも無表情で布や衣類、服飾品の市を通りすぎる。そこそこ規格の高い品が並んでいるのだろうか、ここでの買い物客は上流階級の家に仕える召使や、上流階級相手に商売する店の関係者が多いようで、売り手も買い手も実に品がいい。
 だから、ユリンは見つけてしまった。
 ここが南瓜畑としたら、自分たち以外に存在するヘチマを。

 『彼女』を。

「ちょっとルグル、交代。ここちょっと行けば野菜市だから、リストに書いてある野菜買ってて。そこで追いつくから」
 そう早口でまくし立ててすぐ後ろにいたルグルに手綱を渡す。よし来た、とばかりルグルは御者台に飛び乗った。
 ユリンは少し心配そうに馬に馬語で叩かれても暴れないようにまっすぐ美味しそうな人参のあるほうにいってと馬たちにお願いし、慌てて雑踏に消えた人影を追った。
 ユリンが御者台の上から見た風景で見つけたもの。それは灰でもかぶっているのかと疑いたくなるくらい霞んだ黒ずんだ灰色の頭巾をかぶり、白さもかすんだエプロンドレスの女性だった。きっと年はイルフェと同じかちょっと上くらいだろう。 
 ちゃっちゃと話をつけて、コルトの昇進祝いにいいお土産を持って帰ろう。
 ユリンの今考えていることなんて、思い出した気まぐれ、ただそんな他愛もないことだった。

 ルグルは、急に消えたユリンに何も言わなかった。消えた後に、にやりと笑うのだ。
「あの仕事に忠実なユリンがねー。まぁ何にしろ面白くなってきたなー」

おやま [GIaxU-LtnYX-zrvqH-wCclM] Mail 2006/02/02(木) 01:27:27

6.灰被りの少女

「……というわけで、今は義理の姉? まぁそういう連中の為にわざわざドレスを仕立て上げないといけないわけよ。煙突掃除したところだから服くらい着替えさせろ、っていったらさ、あんたの服なんてどれだって大して変わらないからさっさといってこい、よ?」
 確かに煙突掃除をしたところなのだろう。元は白色だっただろうエプロンも、黒く薄汚れている。せめて髪を守る為にまかれた三角布も、その下の秋の麦の穂のような色の結わえられた髪も、灰の洗礼を免れることはできなかったようだ。
「酷いね。それで自分たちだけは綺麗な服着てどこかに行くんだ」
 ユリンの相槌に彼女は頷いた。ちょこんと捨てられた机に腰かけている子供は、つい先ほどまで知らないひとだった。しかしそんなことはお構いない。彼女にとって、その小さな子供は本当に久しぶりに向こうから話しかけてくれた子なのだ。どれだけ久しぶりなのだろうか、地を出して喋るのは。
 生ゴミこそはないが、そこはゴミ捨て場だった。様々なガラクタが焼かれる順番を待つ場所だ。そんな場所にいるのは、ゴミを燃やすことを仕事にする耳の聞こえない男と、ゴミ山の上で覇権を得てやたらと態度の大きい家に帰りたくない少女、そして話に付き合うことになった机の上の幼い妖精くらいだった。
「まあいいのよ。他の家の召使に、我が家は召使にまともな服も着せてやることができないのか、って馬鹿にされるだけだからね、義母様らが。フン」
 彼女は豪快に鼻で笑い飛ばす。
 強気な女の子は、塔にも結構いる。生まれに恵まれない女の子は、多分強きな女の子よりもずっと多い。しかし……何かこの人は違う、とユリンは思った。多分灰が泥になっても、肥やしになっても、きっとこの場所だったらいつも彼女はゴミ山の帝王のように堂々としているんじゃないだろうか。
「そんなに酷いところだったら、家を出ればいいのに」
 ぽつりとこぼした子供の言葉に、彼女はため息をついた。
「確かにさ、義母も義姉も嫌な奴よ。お父様も母様が生きていた頃と比較したら、まぁ生きてても家の中じゃ死んでいるようなものだけれども……。
 でもね、ここでぽい、と出るわけにも行かないのよね。あたしにはあたしの事情があるのよ」
「事情?」
 オウムのように返した言葉に、大げさに首を上下に振る彼女。
「そう。あなたも事情があって、この髪の毛を欲しがっているんでしょう?」
 まさか自分に話を振られるとは思ってもみなくて、ユリンは少し言葉に詰まった。
「う、うん……」
「聞いちゃってまずいことかしら?」
 彼女の言葉に、あわててユリンは首を横に振った。
「いやいやいやいや、そういうわけでも。知り合い……というか、友達っていっていいのかな? まぁ、そいつがどうしても、苦労している女の子の髪が欲しいっていうからさ。そんなこというなら自分で誰かにお願いすればいいのに。
 大体あそこの連中はそうなんだよね。面倒なことは全部僕に押し付ける。たまには自分の力で雑事をすればいいのに、僕は専属の召使じゃないんだって」
「でも、好きなんでしょ、そういう雑事」
 心にもないことを口にしたことを彼女の一言で気づかされて、ユリンは恥で顔が真っ赤になり、それを隠すのにうつむいた。
「……実は」
「あたしもよ」
 自嘲気味の一言に、はっとユリンは顔を上げる。
「義母義姉は嫌いなんだけれども、どうしてもドレスの仕立てとか、髪を結わえるのとか、そういうことは好きなのよね。
 でも貴方、偉いわ。そんなに小さいのに、何かいろいろずいぶん大変なこと、頼まれるのね」
 ユリンは足を投げ出す向きを変えて、机の上に座ったままそっぽを向いた。
「……うん。まあ、他にやりたがる人がいないんだよ。多分」

「っくし……」
「んー、魔法使いの兄ちゃん、本当にこんなに買ってくれるんかい?」
 ルグルは車の中を確認した。どっさりある木箱に満足そうに笑う。
「ああ、十分ー」
「本当にこれでいいんかい?」
「もちろんー。これが好きなんだー」
 はじけるようなルグルの笑顔に、市場の男は困惑した。そんな困惑する男にルグルは追い討ちをかけた。
「あと俺は魔法使いじゃないぜー。魔術師なー」
「まじゅつ? 魔法使いとどう違うんだ?」
 たいそういい買い物をして気のよくなったルグルは軽快にしゃべりだす。
「魔法は絶対だ。魔法の効果に偽りは何もないし永久に効果が続く。魔術は違う。使ったからには必ずいつか効果が切れる」
 急に歯切れよくなった言葉にますます困惑を深める男だった。
  
「うん。多分」
 彼女に屈みこまれて後ろから頭を撫でられ、子供はますます顔を伏せた。机の汚ればかりが目につく。
「こんなにちっちゃいのに、背伸びばかりしてても大変でしょ」
「ひっ」
 隙を見せたのは確かにユリン本人だ。でも、いきなり背後から抱き上げられるのは反則だ。びっくりして手も足も動くことを拒んでいる。猫だってもうちょっとマシな抵抗をするだろうに。
「ここには誰もいないんだから、もっと肩の力を抜いていいのよ? 僕」
 足が地面から離れた不安も、そんな一言で完全に崩れさる。
「僕……僕は、僕って名前じゃないです」
 妖精は恥ずかしさで消えてしまいたかった。でも恥ずかしいから消えるほど起用な芸なんて、持ち合わせていない。
「ごめん名前わからなかったから」
「僕は、ユリン……」
 弾みがついた、と思った瞬間に、ユリンは彼女と向かい会うハメになった。耳に届いた彼女の名前を、胸の中でもう一度繰り返す。日ごろ口に出したことのない音の名前は、日常という名の錆びた歯車に油を差し込んでいった。
「ユリン君、でいいのかな? ね、塔から来たんでしょ?」
 ユリンの肩が飛び上がった。しかし彼女の腕の中に捉えられてしまってしまっていた。視線も、すみれ色の瞳からそらすことができなくなってしまった。
 厳密には違う。ユリンは他の塔の住民と違い、魔術師ではない。魔術師見習いでもない。それでも塔に住んでいることには変わりはない。塔に住んでいたら、地上から見たら誰だって魔のつく何かだろう。
「まあ、何も言わなくてもわかる人はわかるかな」
 ユリンは観念した様子でため息をついた。彼女はようやく満足いったようにユリンをそっと降ろした。
「だってさ、髪の毛くださいなんてよくわからないこと頼んでくるし、服はここらじゃ見ない色の長衣だしご丁寧に顔があまり見えないように深く頭巾まで被ってるし、学校に上がる前の子供にしては、あたしと大して年が変わらないくらい聡いよね。で、昨日一昨日よね、空に塔が浮かび始めたの」
「それで、僕のこと、塔の住民で知った上で、こう人気のないところに連れ込んで話を聞いてと……」
 さらにユリンは深くため息をついた。危害を加えるつもりは彼女はないだろう。それならばここに連れ込んだ時点でやってしまうのが実にスマートだし、もし誘拐とかそういうことをするつもりだったら、さっき抱き上げた時にそのまま何とかしてしまえばいいのだ。
「だってさ、こんなことないもの」
 彼女はくるりとユリンに背を向け、はるか向こうに見える塔を眺めた。肩を見ててわかる。彼女は笑っている。
「面白いから? 僕が」
 好奇な視線で見られたことは何度もあった。塔の中でも、外でも、妖精が人前に姿を見せるなんて珍しいからだ。毎年毎日買出しに来るときは、どこの店に入っても好奇の視線で晒される。
「うん、もちろん。こう毎日毎日同じことが繰り返していくんじゃないか……そういう不安、ない?」
「というか、実際そういうものだと思うよ。ただ、空の遠さ近さで季節は変わるけれども、僕は何も変わらない」
 不安、と問われてユリンは小さな胸で考えた。いわれるまで、それが当然なことで、不安を抱くようなことだとは思ってもいなかった。
「あたしはあるの。でも今日は違った。日ごろ会わない人に会った。これってすっごいことじゃない」
「すごいことなんですか?」
 彼女は迷いなく頷いた。
「ええ、傑作。ユリンに会えてよかった」
 言われたことのない言葉に、どう返せばいいのかわからずに、ユリンは言葉に詰まった。
「嘘じゃないわ、本当よ。魔術なんて実は夢なんじゃないか、塔が空に浮いているのは実は空の海の見せる蜃気楼じゃないか、なんて思ってたけれども……」
「僕にあって、魔術が本当にあるってこと……実感したってことですか?」
 彼女は首を横に振る。
「夢が一つ、本当になったってことよ」
 落ちてきた日が、灰でくすんだ彼女の髪を赤く染め上げる。そんな光も、今は目を細めてじっと見つめていたいほど、綺麗なものに妖精には思えた。
「これから、毎日会いませんか?」
 彼女は一瞬何を言われているのかわからなかったのか、きょとんとした様子だった。ユリンは慌てて落ち着きを取り戻すかのように席払いをする。
「……実は、あまりこの街の市のこととか、詳しくないんです。だから、案内をお願いしたいんです。
 もちろん! 望めば何らかの形で報しゅ……」
 太陽に背を向けている彼女の顔はユリンから見たら影が落ちて凹凸の輪郭があやふやになっていた。それでも、彼女の唇の端がつりあがって、笑みの形になった気がした。笑う彼女に見とれて、ユリンは次の言葉が言い出せなくなっていた。
「もちろん! 喜んで」 

おやま [GIaxU-LtnYX-zrvqH-wCclM] Mail 2006/02/03(金) 02:53:02

7.それぞれの秋

「へぇー、大人になるまでユリン君はその……魔術? それを使っちゃいけないんだ」
「うん。小さいうちから魔術を使うと体を壊すから。だから、こうお金を増やしたりとか、空を飛んだりとかはぜんぜん無理」
「でも、大人になったらたくさん魔術を使えるようになるのね。いいなぁー」
「まだまだ先の話だけれどもね」
 それから、毎日市の案内という名目で、ユリンは彼女と会った。買出しのシステム上、必ず一人塔から同行してくれるものがいたが、そんなことを気にする二人でもなかった。
 どういう関係? と不思議そうに聞く同行者に、二人そろってこういうのだ。
『家事つながり』
 どういうことなのかさっぱりとわからないが、何だかユリンも、そして案内役の彼女もとても生き生きとしていて悪しきさまはないので、まあよいのだろう、と同行者は深く考えないものが多かった。しかし、若い同行者は深く、そしてある方向につなげて、イルフェの心配をするのだった。
 この微妙な空気は、違和感となって、塔全体を包み込む。

 何かがおかしい、と塔の住民が気づいたのは初日の食堂のご飯からだった。
 初日の買出しは、最近は勝手のわかってきた妖精がご馳走の材料が優先される。
 しかし、初日の買出しの次の日……出てきたものは大量の南瓜料理だった。前菜は茹でた南瓜と温野菜、スープはカボチャのポタージュ、メインディッシュはカボチャのキッシュにデザートはカボチャのプリン。一体どうしたんだ、という追求をその日の買い物当番はあやふやな笑みや、ぼやけた顔で誤魔化した。
 この事件から、中身をくり貫いてよく乾燥させたカボチャを頭に被っているルグルはカボチャマニアと呼ばれることになった。カボチャの何が気に入ったのか、彼は自分の自室に何個かのカボチャを持ち込んで、何やら怪しげな魔術の練習をしているらしい。

 ルグルが何故カボチャに向かうのか。その答はルグルしか知らない。

 見習い魔術師の部屋は狭い。そもそも個室ではない。一階の四分の一、といえば大きくは聞こえるが、その中に四人も押し込まれていると自分で自由になる場所などたかが知れている。早く見習いを卒業して自分の部屋が欲しいとルグルも思う。自分の寝床の半分を南瓜が占領している現状では、なおのこと。しかも自分の寝床は二段ベットの上なのだ。ただでさえ天井まで近いところで、カボチャを高く積み上げることもできない。しかしそんな不便さを差っぴいても、飛び級してまでコルトのように一人前の魔術師や、講師になりたいとは思わない。
「そういやコルトは元気なのかなー。首洗ってないかなー」
 魔術の設計譜を練る手を休めて、ルグルは大きく伸びをした。部屋にいる同室が独り言に近い言葉を拾ってくれる。
「コルトは食堂で会ったが、相変わらず五分で食べるもの全部食べて部屋に帰ってるな。何考えてるのかさっぱわかんね」
「本当に相変わらずだなー。そろそろ下の世代に存在忘れ去られそうだー」
 羽ペンの向こうに先の未来を透かして見る。ルグルにとってそんな未来を想像するのは難くなかった。
「やつがそれを望むなら、しゃーねーんじゃないの。ガキらは正直コルトと関わらないほうがいいぜ。悪いやつじゃねぇが、危険だ。」
「そうだねー。それは激しく同意ー」
「でもルグル……お前さんはまーたコルトにちょっかい出そうとしているだろう」
「そうだねー。それは激しく名推理ー。十点あげよう」
 いらない、と同室の魔術師見習いは首を横にふった。
「もう一ついうと、ルグル……お前にもガキは近づけさせたくないぜ。ダサいぞその頭に被ってる……南瓜」
 ルグルはにやりと笑った。
「ほめ言葉だと思っておくよー」
 実際のところ、同室の見解は非常に正しい。
 それはすぐに証明されることになった。  

「まぁ、とりあえず実家が南瓜農家でついつい実家のことを思い出して南瓜が恋しくなった、という話は激しく嘘くさいな」
 天井裏で茶を飲みながらいつもの相手との世間話。ほぼこれだけがコルトの道楽といっても過言ではない。もちろん相手は、ルグルにやられたユリンだ。一緒についていなかった理由は、今のところ知っているのは髪の毛の話を知っているコルトだけだ。
「うまくルグルに誤魔化されちゃったよ。どうして気づかなかったんだろう」
 うっかり何をしでかすかわからないルグルを一人にしてしまったことをユリンはさすがに申し訳ないとは思っている様子だった。コルトの顔を見ずに暖かい水面ばかりを見つめている。珍しい間の抜けっぷりに笑うのをこらえているからだ。
「……で、その後彼女とはどうなんだよ?」
 話題の彼女の髪の毛は構成成分すべてが苛性の液体で溶かされて鍋の中で煮詰められていた。
「うん、毎日お話してる。コルトはじゃがいもの皮で鏡を磨くと布拭きよりも綺麗になるってこと、知ってた?」
「生活の知恵、ってやつか」
 こんなに頬の緩んだ子供は、珍しい。業務用で理想的な人形さんな微笑みを浮かべることはある。打算的に可愛い子ぶっている時もある。気を使う時に無理がばれないように見えないところで努力しながら笑うこともある。馬鹿だなといいながら苦笑いすることもある……コルトに対しては一番この笑いの形が多い。
 しかし、こう心から楽しんで笑うことなんて、一年に一度や二度くらいしかなかった。どうやったらこんな笑いを引き出すんだ彼女、とコルトは実に感心していた。おかげで買出しが始まってから毎日知らないユリンの顔を見ている。しかし感心すると同時に、非常に羨ましくもあり、そして十年以上付き合ってきたコルトにとって残念なことでもあった。
「そうそう。そういえば鏡で思い出したけれども、今日はガラスの回収日だよ。廃ガラスはどうしたの?」
 一斗缶の椅子から立ち上がり、妖精は二つのカップを持って下の流しへと降りていく。
「いや、まだ。そこの隅に積んである」
 コルトの言葉通り、部屋の隅の廃品置場には畳んだ1斗缶と大きな木箱があった。木箱の中には薬品に毒されたり、皹が入って使い物にならなくなった管など、大小さまざまの割れたガラスが再生の日を待っている。
「それじゃ、部屋を立ち上げたばかりで忙しいイドン先生に気を使っていきますか」
 カップを流しに置いてから、ユリンは木箱の元へといく。自分からこういうことを妖精が言い出すのも珍しい。明らかに余裕がある。
 こういう変化について、コルトは一つ心当たりがあった。心当たりに至ったところで、最近の不思議な点がすべて状況証拠となり、心当たりはほぼ結論に変わる。
「持ち上げられないだろ、いいよ、後でオレがいくよ」
「いや、いいよ」
 小さな妖精は木箱を持つ前に、何度か不思議なリズムで踵を鳴らすが、何も起こらず首をひねっている。
「多分、塔の妖精もこんなに重いもの運びたくないんだろ」
「そうかもしれない」
 失敗をごまかしもせずに、小さな妖精は舌を出した。
 
 ユリンの買ってきたすみれ色の絹の生地。イルフェはそれを神様からもらった宝物のように、大事に抱きかかえたまま糸車の部屋の鍵を開けた。
 糸車の部屋には、人の姿を映す大きな鏡がある。そこの前でマネキンに並んで、イルフェは絹の生地を体に巻きつけてみた。
 いい色だ、と思う。自分で買うにはこういう色はきっと手を出さないだろう。色が人を選ぶから、きっとこの色を買うだけの勇気が沸いてこない。でもそれと欲しい欲しくないというのはまた別の問題だ。そう、この色が欲しかった。
 自然とイルフェの顔に笑顔が浮かび、それに気がついてさらに笑みが深くなった。
 踊るようにくるくるとその場で何度もイルフェは回った。自分が改造した見習い魔術師の長衣のフレアさせた裾が花のように広がるが、ひとりだけの空間でそんなことも気にせずイルフェは回り続けた。止まった時、体に巻きつけていた布が綺麗に元に戻っていた。
 元に戻った生地を大事に大事に糸車の部屋の一番よい棚に入れる。
 棚を閉める前に、イルフェはそっと顔を生地によせる。布地に垂れるみつ編みもそのままで、しばらく固まった。小さな妖精の気配を感じながら、いろいろと頭の中で想像した。
「いい長衣を作ってくれてありがとう。イルフェにお返ししないと。イルフェは何色が好きかなぁ」
 想像の中の妖精は、時間をかける。自分の服もおまかせと頼んできたユリンだ、きっと誰かにあげる布だったらじっと考えてくれたに違いない。
 イルフェはそっと棚を閉めた。別に糸でも良かったけれども、生地で買ってくるあたり、本当にユリンは気が利いていると思う。生地があったほうが、どんな型を乗せてみようかわくわくするものなのだ。
 このわくわくをずっと取っておきたい。そう思いながら、イルフェは棚を閉めた。

おやま [BBZsJ-jBvcP-XzDuz-saovK] Mail 2006/02/04(土) 01:34:08

8.魔術
 買出し当番は、塔の中の役職が何であれ、回ってくる時は回ってくる。そしてこういう機会でもない限り、塔の住民らは地面の感触を省みる機会がなくなるので、断るものは少ない。むしろちゃんと自分で買い物をしたいので譲ってくれ、という者もいるくらいだ。
 今日のユリンの同行者は、ささやかな好奇心で当番を譲ってもらった女性である。同時に、塔を教育機関と見た場合の最高権力者でもあり、コルトの師に当たる。
 しかし、そんなことを知らない彼女は、校長を見た時の第一印象は「理想的なお母さん」だった。長く波打つような銀髪や、やや垂れ気味な紫水晶のような瞳も、背の高いがほっそりとした印象を抱かせない体つきも、お母さんと言わせるよりもむしろ伯爵家あたりの独身の女当主といったほうがぴったりである。しかし、そんな貴族のようなドレスを着ずに、市民生活に埋没しそうな簡素な灰色のウールのコートを身にまとい、こちらに気を使っている様子は子供を連れてきた「お母さん」のようであった。校長というからには、このお母さんも魔法だか魔術だかを使えるのだろうけれども、今まで会った塔関係者とは異なり長衣を着ていないせいか、そういう雰囲気がまるで感じられない。年もおそらく三十前くらいだろう。でも、見た目は若くても年は恐ろしいことになっているかもしれない。毎日話すうちに、ユリンだって見た目は本当に学校の最低学年か上がる前の子供なのに、中は全然そんなものじゃない。だからこの見た目三十前くらいの落ち着いた貴婦人だって、実は六十くらいなのかもしれない。
「初めまして」
 彼女はユリンに紹介されてにこやかに頭を下げた。
「街で知り合って、善意で買い出しの手伝いをしてもらっています」
 校長は今日は穏やかな貴婦人で通す気のようだった。普段の厳格さがまるでなく、柔和な微笑みが浮かんでいる。この優しい雰囲気の校長を直弟子のコルトに見せてあげたいと妖精は思った。
「いつもうちのものがお世話になっています。塔の校長のエレンです。初めまして」
 校長から見た彼女の印象もまた悪いものではなかった。
「ユリン君のお母様ですか?」
 この一言に、校長は機嫌を良くした。逆にユリンの機嫌は悪くなった。
「ええ、そうです。うちの息子が何かご迷惑をおかけしませんでしたか?」
「いや、とんでもない。立派なお子さんですね。こんな年であれだけたくさん買い物できるなんて……。普通の子供ではできないことですよ」
 彼女が校長の言葉に疑いもしないことに、またユリンは腹を立てた。
「校長!」
「ああ、ごめんなさいごめんなさい。血こそ繋がっていませんが、ユリンは大切な私達の家族です」
 ね? と首を傾げられたら、ユリンも真っ赤になって黙るしかない。
 彼女にとっては、校長の言葉は新鮮な驚きだった。血の繋がっていても冷え切っている自分の家と、血は繋がってなくても家族だと言い切れるユリンの家。血が繋がっていても、いなくても、家族は家族で、他人としか思っていなかったら本当に他人なのだろう。
「……お邪魔のようだし、今日は案内やめておこうか?」
 彼女がこっそりユリンに話しかけたら、ユリンの代わりに校長が笑顔で答えた。
「お気遣いなく。私も塔の外でできたユリンの友達に感謝していますの。是非お茶にお誘いしたくって。ああ、でもその前に少し買い物しなくてはいけませんけれども、どうです?」
「喜んで。今日は何を?」
「ガラスの材料を揃えに。そろそろ贈り物を考えなければならない時期ですから」
 断る理由は彼女にはなかった。それどころか、くすぐったかった。家族というものが失われてから、こういう誘いがなくなったからだ。
 もうだめだ、とユリンは絶望的な気分になった。きっと彼女のことは、校長から自分の師匠に話がいき、いろいろ塔に帰ってから言われるのだろう。

「はぁ…………」
 塔に帰ってきてから、ユリンはずっと三十三階の図書館の本の整理をしつつもずっとこんな感じだった。仕事は単純だ。ただ、本を元の場所に並べればいい。ちゃんと元の場所に利用者が本を返してくれればそれですむのだが、空に浮かんだ塔は必然的に娯楽も少なく、もちもと魔術師ばかりが住んでいるからか、本ばかり読んでいるものも目立つ。脚立の上まで上って、天井近くの本の整理をしているが、背表紙がまるで目に入ってこない。入るのはちょっと先の未来の塔の下の風景だけだ。
「ユリン、ため息ばかりついてたら、今日中に終らないわよ?」
 脚立の下にいるイルフェも、手を休めて、ユリンに一言いった。他の魔術師見習いの子に、ユリンが仕事しているという話を聞いて手伝いにやってきたのだ。しかし効かないのは見た目からわかりきっていた。
 最近のユリンは、買出しに行きだした頃から妙に明るくなった。余裕がでてきた。いろいろ便利になった。そのくせ買出しの時に不審な行動が目立った。でも、こういう風にやつれてため息ばかりついているのは初めてのことである。
 一体地上で何があったのだろうかとオロオロしたけれども、その疑問は今日の同行者が誰か思い出したことで解決した。きっと校長にこってりと絞られたか、こき使われたのだろう。
「イルフェ、ごめんね。手伝ってもらっているのにこんな感じで」
 謝られるとは思ってもいなくて、イルフェは眉尻を下げてこういった。
「いいのよいいのよ。気にしないで」
 脚立から落ちやしないかとイルフェは心配になったが、再びユリンの手が動き出したのを見て安堵した。実際ユリンが手を動かし始めたのは責任感からだが、イルフェは曲解して喜び、仕事効率が上昇した。
 やっぱりどんなに大変そうな仕事でも、それを小さな体でやり遂げようとするユリンは、輝いている。イルフェはそう思うと、負けてはいられないと思った。
「……? 今、地響きがしなかった?」
「地響き?」
 ユリンの言葉にイルフェは首をかしげた。人間の耳には聞こえなかったかと、ユリンは古い図書館に住む物語の妖精に話しかけようとして愕然となった。物語の妖精は想いが込められた物語に宿る。誰かから誰へ、伝えたい言葉が長い年月を経て意思を持ったものだ。この図書館には、そうした物語の書かれた本を寝床にした妖精がたくさんすんでいて、本の埃を払ったりしている。
 でも、ユリンには見えなかった。
 何度か瞬きしても、まるで見えない。いつもならすぐそばにいるはずなのに。
 もう一度、床が揺れた。それにはイルフェも気づいた。
「図書館の隅っこのほうね」
「うん!」
 イルフェは振動の元となる方向を探りながら歩いていく。呆然としている暇はないと、ユリンも脚立から飛び降りて、イルフェを追い越すように走っていった。長い耳で聞き分ける音から、大体どこからかわかる。
 図書館の隅っこには、静かな静かな自習室がある。試験前の学生が静寂の中で集中力を発揮する場であるが、試験のない時期は本当に誰もいない。そこで誰かが何かをしているのは確かのようだった。

 予想したとおり、音の源は自習室だった。何かの衝撃に共鳴してか、扉がガタガタと揺れている。
 イルフェは集中し、その中の気配を探った。
「誰か中で大きな魔術を使っているようよ」
「いたずらの自習かな。それにしては隠す気なさそうな雰囲気だけれども」
 イルフェは扉の横の壁に張り付き、念の為に腰のベルトから棒杖を引き抜いて構えた。
 ユリンは、扉のノブに手をかけ、イルフェを見上げた。イルフェが準備ができたとばかり頷く。ごくりとつばを飲み込んで、ユリンは思い切りよく扉を押した。しかし、ちょっとしか扉は開かなかった。重いものが扉の向こうに置かれているのだ。何かと思ったが、何のことはない。平時ならば整然と並んでいる椅子や机で蓋をされてしまったのだ。
「やっぱり響いたかー」
 少しだけ開いた扉の向こうから聞こえてくる声は、ユリンも、そして同じクラスのイルフェももちろん知っている声だった。
「何やってるんだよ、ルグル」
 少し開いた隙間から、何か見えないかとユリンは懸命に目を細めてみる。しかしユリンの背だとどうしても机が邪魔をおして何も見えない。
「何その大きな南瓜……」
 ユリンの上から扉の隙間を覗き込んだイルフェはため息ついた。イルフェの背なら、机の向こうも見えたのだ。
「南瓜? この間の?」
 返事が返ってくることはさして期待はしていなかったが、ルグルは妙なところで律儀だった。
「そうだよー。ユリンはそういえば絵を描いているところを見たことがあるねー。オレっちはねー、ちょっと塔を出たかったんだよー。だから自分の魔術で南瓜を箱車にしたわけさー」
「い、いわれてみれば……。壁のあたりとかかなり南瓜南瓜しているけれども、箱車だわ……」
 イルフェが今の世代の魔術師見習いの中で一番魔術の制御に長けている。しかし、一番魔術の習得数が多く、かつ変化魔術に必要な卓越した想像力を持つのがルグルなのだ。
「イルフェ、関心している場合じゃないよ。外への壁がぶち破られる前に、何とかできない?」
 実はこれはルグルの芝居じゃないか、とはユリンも思った。単なるいたずらの練習をしているんじゃないかと思ったところが、塔出である。現実は予想の斜め上をきりもみしながら進んでいた。
「棒杖は指し込められるけれども、私が何かしようにも机がジャマでカボチャ頭しか見えないのよ。早く偉い人を呼んだほうがいいわ」
 うん、とユリンは頷いて、塔の中で一番多い建物の妖精に呼びかけた。一番頼りになる魔術師に連絡を取るには、それが一番早い。でも、いくら妖精を呼んでも、妖精は姿を見せなかった。
 一度ならず、二度。
 何で!? と今度こそ妖精は混乱した。
 さらに、部屋の中から何故か聞こえた馬に蹄の音がそれに拍車をかけた。
「誰か来てー! 助けてー! ルグルが壁をぶちやぶろうとしているの! 助けてー! てか、どうして馬がいるのよー!」
 魔術師見習いは、誰かのように独学で読んじゃいけない本を集めて魔術を編み出さない限りは、他者に対して敵対的な魔術は学ばないし、塔の方針としても学ばせないようにしている。だから、イルフェにできることは、大声で助けを求めることだけだった。そこまで冷静にわかるからこそ、イルフェは早くユリンが偉い人を呼んでくれることに期待するしかない。
「いやー、箱車引くにはやっぱり動物も必要だろー?
 んー、窓は開けたけれども、とてもオレっちの家出道具を乗せた南瓜が通らないなぁ。こりゃ破るしかないかー」
「必要だけれどもどっから出てきたのよ、その馬!」
 自信満々に机や椅子のバリケードの向こうで、壁破壊犯未遂は悠然と構えた。
「イルフェ、将来の夢はある?」
「はっ?」
 そんなことをこういう場面で聞かれるなんて思ってもいなかったイルフェはきょとんとした。
「さんー、にー、いちー、ぶっぶー。優等生なのにイルフェは自分の未来のことに対しての感性は鈍いねー」
 にやにやと笑われていると思うと、イルフェも腹が立ってしまうが、今はこうやって足止めできているだけでもマシだと思わなくてはならない場面でもある。拳を握って、震える声を何とか落ち着かせた。ルグルはきっとこういう言葉を待っているのだと、長年の付き合いが告げている。
「そういうルグルはどうなのよ?」
「オレっちはわかりやすいよー? どこぞのスキップスキップランランランした化け物を超えた世界一の実力派魔術師になって、誰にも文句を言われない生活を送るのさー」
 スキップしまくった化け物に心当たりはイルフェにも、そして呆然としているユリンにももちろんあった。
 個室を手に入れるだけの為に、少々の努力を払い、最年少講師入りした少年のことだ。
「何だか非常にわかりやすいわ、ルグル。ここの塔にいる人は大小あれどもそういうこと願う人いるだろうし」
 あきれたようにイルフェはため息をつく。その願い自体は理解できるが、もう一つどうしても理解できないことがあるのだ。
「で、どうしてそれで南瓜で馬なのよ」
 よくぞ聞いてくれましたとばかり、静寂の間を空けるルグル。しかし馬くささがその静寂にすらも水を差す。
「二番目の望みは、オレっちにあったビッグな乗り物の運転手になることだったー。そして三番目の望みは、この塔で伝説を作ることかなー」
 呆然としていたユリンは、その一言に腹が痙攣した。逆に、今度は理解できないとばかりにイルフェが呆然とする番だった。
「あえて頭ごなしに否定しにかかるけれども、ルグル……三番目はもういろんな意味で南瓜伝説できているけれども、二番目は本気でやめたほうがいいよ?」
 憐れで可哀想なものを諭すようなユリンの一言に、ルグルは一喝した。
「ユリン! 男には! どうしても逃げずにあきらめずに立ち向かわなければならない場面がある! 今がその時だ!」
 その大声で正気に戻ったイルフェも、ウサギ小屋の中の食べられる前の兎を見るような調子で諭した。
「それ、今窓に張り付いている人がこの間の授業でいった言葉よね?」
 馬の声すらも聞こえないくらいに、ルグルは五感が閉ざされる間隔に襲われた。立ち上がってはいけない。立ち上がった瞬間にイルフェの視界に入ってしまう。入れば簡単に自分の杖がイルフェの得意な精密な魔術で取り上げられてしまうだろう。背後の窓に振り向いてはいけない。振り向いたら窓の向こうにいる誰かの前で大見得切った以上、必ず逃げずに立ち向かわなければならない。
 できればこのまま時間が止まって欲しい。切実にルグルはそう考えた。しかし、外から窓が開けられる音と外から吹き込んでくる風が否応なくルグルを現実に連れ戻した。
「こんにちは、ルグル君」
「ぎゃー! 出たー! ちょっと待ってくれ! ライ先生! オレっちはもうちょっと目立って伝説を作ってから……」
 大魔術師ライ。校長が塔を教育機関と見た場合の長であるならば、大魔術師は塔を一つの地域社会と見た場合の長であり、塔そのものの出資者である。そして、塔最強の魔術師として広く知れ渡っていた。
 塔の外壁掃除をしていたらしい大魔術師は、モップとバケツだけで見習い魔術師を一呼吸の間に打ち倒してしまった。

「よーくできていますね、ルグル君。最近ずっと南瓜を被っていたのは、南瓜持ってても不審がられない為ですか。あえてかばんに入れずに頭で被るあたりがもう何ともいえませんねー」
 どこにでもいそうな灰髪灰目の青年であり、絶対の名前を持つ嘘名の大魔術師は、早速現場の検分に入った。腕まくりをした掃除人装いでも、武器がバケツとデッキブラシでも、相手が見習い魔術師ならば抵抗することすら許さない。一呼吸の間にルグルの杖が縄に変化し、縄が勝手にルグルを縛ったのだ。
「てっきりさらに馬鹿になったのかと……」
 ようやく机と椅子をどかし、イルフェも自習室の中に入ることができた。
「イルフェさんにはルグル君が馬鹿のように映るかもしれませんが、ルグル君は実に計算高い。塔出をするのが目的だったら、二人にかまわずちゃっちゃと壁を破ればよかったんです。それをしなかったのは、最初からつかまる気だったんでしょうね。できれば僕と校長以外に」
 嫌われたものだなぁ、といいつつ、大魔術師は頭をかいた。ユリンはそんな大魔術師を自習室の外から見上げて、ため息をついた。
「何でそんなことを……」
 あきれたとばかり、イルフェはため息をつき、久々に南瓜なしでむき出しになっているルグルの頭を軽く小突いた。
「あいてー。何で、といわれても今の自分の魔術の限界を知りたかったー」
「他にやり方とかいくらでもあるじゃない。それこそ、魔術実技の授業がんばるとか」
 優等生な発送のイルフェの言葉にも、ルグルはへらへらとやる気のない笑みを浮かべるばかりだった。どういうことなんですか? と問い詰める視線をイルフェは大魔術師に投げかける。
 大魔術師はそれをやんわりと微笑んで受け止めた。
「ユリン君も、イルフェさんも聞きたいことはたくさんあるとは思います。でも、それを自分で察するのも、一つの大きな勉強だと考えていいでしょうー」
 ユリンは大魔術師にここ最近自分の身の回りでおきた異変について聞きたかった。向こうも聞きたいことはおそらくあっただろう。でもそれが言葉という形で拒絶され、あんぐりと口をあけてしまった。その横ではイルフェも、確かに何かを聞きたそうな顔をしていたけれども、やっぱりとあきらめた感じでため息をついていた。
「いいこというねー、ライ先生」
 うんうん、と頷くルグルに、大魔術師は追い討ちをかけた。
「ルグル君の罰は今日から毎日貴方だけ夕飯は部屋の南瓜です。あと、この魔術を使った騒動について決して誰にも言わないこと」
 ぴたりとルグルは呼吸をするのも忘れたかのように固まってしまった。不思議そうな顔をするユリンとイルフェだったが、ユリンはすぐに手を打った。何のことだかさっぱりわからないイルフェは、今も頬に人差し指を指して思案顔だった。
「効果時間が終わりましたか」
 大きかった南瓜が、気がついたら縮んでおり、馬は何処かに消えてしまっていた。ユリンは足元に転がってきた中身のくりぬかれた南瓜を拾い上げる。思った以上に軽い手ごたえに少し困惑したが、不安げな表情を浮かべつつもそれを大魔術師に渡した。
 大魔術師はにこやかにそれを受け取って、ルグルの頭にかぶせた。
「魔術は時間がたてば終わりですが、自分の力でちゃんと作った帽子はちゃんと形が残りますよ」
 大魔術師の言葉が何を意味をしているのか、ユリンもわからなかったが、ルグルは観念したかのようにため息をついた。

おやま [GIaxU-LtnYX-zrvqH-wCclM] Mail 2006/02/05(日) 02:38:35

9.型紙と包帯
 彼女と会う時はユリンはなるべくなら笑顔でいようと思っていた。でも今日はそれも難しい。いつもなら声をかけたら姿を見せる塔に住む他の小さな妖精たちが、まるで相手にしてくれない。疎外感が、自然と表情に出てしまっていた。

「やっほー。ユリン君」
 今日も年季の入ったエプロンドレスで彼女は紋章入りの馬車を待ち合わせ場所の市場の前で待っていた。ただ、違うのは彼女の左手の一指し指にぐるぐると白い包帯を巻かれている、ということだった。だから、今日の同行者を彼女に紹介する前に、ユリンは彼女の前で珍しく声を荒げた。いつもなら、声を荒げるくらいならば沈黙するはずなのに、こればかりはそういう態度も貫けなかった。
「どうしたの!? 何か意地悪されたの!?」
 違う違う、と彼女は苦いお茶を飲んだような顔をして、舌を出した。
「違うのよ。ちょっとぼーっとしながら裁縫してたら、指をさしちゃって。どじしちゃったわ」
「自分じゃないドレスの……ですか」
 うつむいた子供の頭を、悲しくなるほどやさしく頭巾ごしに彼女は撫でた。
「だけれども、それが終わったら自分のよ。まぁ義姉義母にくれてやるのはあたしの本番用の練習代くらいでちょうどいい程度でしょ。だから、そんなしょげた顔しないの」
 彼女はしゃがみこんで、無理やり子供の顔を覗き込む。びっくりする子供のほっぺを彼女は軽くつまんだ。
「笑顔、笑顔」
 無理やり笑い顔にされて、ユリンは笑うしかなかった。彼女はそれでも笑っていたから。
 彼女は立ち上がって、ほら、いこうとばかりに後ろからユリンの肩を叩いた。

 今日の買い物は文具と、そして娯楽用の本である。本のほうはどうしても自分が見ていきたいと強く希望した図書館長にまかせ、ユリンと彼女は雑貨を見てまわった。
 紙一年分に、インク一年分。それだけで箱馬車の中はほぼ一杯となるだろう。文具屋の人らが馬車の中に紙を詰めるのを、ユリンも彼女も手伝おうとしたけれども、お客様に運ばせるわけにはいかないといわれ、二人とも所在なさげに馬車にもたれかかっていた。
 彼女はすごくたくさんあるのね、と味気ない紙の山にも何だか楽しそうだった。今日のユリンは、そんな楽しそうな彼女を、あまり見てもいられなかった。
 ぽつり、と最初に聞きたかったけれども、聞けなかった言葉をとうとう口にした。
「いったい、どうしてそこまでがんばることができるの?」
 彼女は唇に人差し指をあてて少しだけ言葉を捜した。
「ねえ、ユリン君は好きなひと、いる?」
 全身の血が沸騰し、耳元で心音がはっきりときこえる。真っ赤になって固まったユリンを見下ろして、彼女はユリンの頭を撫でた。
「そういう確かな想いがひとつあれば、何だってあたしはできるわ」
 空を見上げて彼女は誇らしげにいって、そして少し照れくさそうに笑った。
 そんな少しの静寂もユリンは心臓が破裂しそうで耐えられそうにもないのに、口をあけると魚のように、開けて閉じることくらいしかできない。
「っていったら、すっごくかっこいいわよね?」
 こくこく、と頷くユリン。それしか意思を伝える方法がまるでなかったから。
「ユリン君のおかげよ」
 息をするのも忘れてしまった。体が苦しくなったから、息ができた。それでも頭の中に空気がまわらなくって、彼女が何を言っているのか、ユリンには理解ができなかった。
「毎日毎日、ずっとぼろぼろの服着て歩いて、そんなことが繰り返すのかと思ってた。楽しい、とか、うれしい、とかそういう気持ちに蓋をして、痛みも何も感じないでいようと思ったの」
 何となくその気持ちはユリンにもわかった。ユリンもずっとずっと長い間、塔で雑務をこなしている。いつになったら、師匠は自分に大切なことを教えてくれるのだろう、と思いつつもあきらめられないから、今もずっと、塔にいる。
「そういう時に、塔からユリン君があらわれてあたしの道を照らしてくれたの」
「そ、そんな僕、何もたいそうなこと、何もやって……」
 そっと彼女がユリンの肩に手を置いた。
「うつむかないで」
「え……」
 いわれるままに、ユリンも顔を上げた。
 すみれ色の瞳がじっとユリンの顔を見ている。自分だけの顔を見ている。世界が、二人だけのものになったかのような錯覚に襲われる。
「そう、何も間違ったことやってないのだから、下を見ないで胸張っておけばいいのよ」
 何をされたのか、最初ユリンはわからなかった。ただ、おでこにやわらかく暖かい何かが触れた。時間の経過とともにそれが接吻だと気づいて、頭の中が真っ白になった。
「ありがとう、ユリン君。あなたはあたしにとって、暗い道を照らすランプのようなものよ」

 時間が止まった。何かいうべき言葉があるだろう、と数十年の生きた時間の中で適切な言葉をユリンは捜す。それでも、でてこない。こんなときにいう言葉は、他人の物語の中には潜んでなどいない。これがいいたかったの、とばかりに彼女はとてもすがすがしい顔をしていた。この時の彼女の顔を絶対に忘れまいようにしようとばかり、ユリンは瞬きすらも止めようと努力をした。

 時間が動いた。二人だけの世界は終わりを告げた。馬車の中にすべての荷物がつみ終わったのだ。
「あ、ありがとうございます」
 ぺこり、とユリンは店員に頭を下げた。
「こう見ると壮観ね。こんなにきれいでいい馬車なのに、貴族や王様の代わりに紙が乗っているなんて」
「本当に。これだけあったら、遊び紙もたくさんあるね」
 昨日の南瓜の騒動から悩んでいたことなんて、本当にユリンにとってどうでもよくなってきた。ただおかしくて、おかしくて、笑いがこみ上げてきた。
「遊び紙いらないなら頂戴?」
 もちろん、と彼女の言葉にユリンは頷いた。
「いつもお世話になってるしね。何に使うの?」
 ユリンの問いに、彼女は夢の続きを語る。
「自分のドレスの型紙にするの。できたら一番に見せるね」

 昨日はどん底までへこんでいたのに、今日はずいぶんと底なしに明るい……いや、心がここにない。
 いつもの時間にやってきた妖精は、まさにそんな感じだった。いつもなら自分でお茶を用意するのに、天井裏に来てからもそんな気配はぜんぜんない。仕方がないので、コルトは自分で二人分のお茶を入れた。
 ちょこん、と一斗缶に座ったまま、ユリンの心はここになかった。
「おーい……。ユリン、お前相手じゃ口で話してもわらにゃ何もわからねーよ」
「……あ、ごめんごめん。考えごとしていて」
 そういって、ユリンは謝った。
 最近忙しい妖精だとコルトは思う。余裕ができたと思えば、ものすごく落ち込み、そして今日は呆然としている。そしてこれが俗にいうアレなのかと思うと、不安になった。いつか自分もこうなる時が来るのかと思うと、誰に迷惑をかけてしまうのか見当もつかない。
「考え事? 彼女のことか?」
 こくりとユリンは頷き、言葉を選ぶ前にまずいっぱいのお茶を口に含んだ。

「多分僕は彼女のことが好きなんだと思う」
「そっか……」
 この一言を口に開くだけで、ユリンの紅茶が二杯なくなった。
「でも、不安なんだ。彼女が僕のことをどう思ってるのか」
 うーん、とコルトは唸った。相談されて荷が重過ぎる。若くして講師となったよくいって天才少年、悪くいって人外の化け物のコルト・イドンは、恋愛経験など皆無であった。
「オレよか、正直そういう話は師匠やライ先生にしてくれ、というのが正直な心境……」
 両手を上げ、コルトは降参した。聞いていてつらくなるのが目に見えているからだ、お互い。
「ででででで、できないよっ! もし校長や師匠にそんな話をしたら……」
 露骨にユリンは青ざめた。
「酒のツマミになりそうなのは確かだ。でも他に相談できるやつもいないだろ? 人生経験も長いし、ほら、二人ともユリンの保護者じゃないか」
「保護はされているけれども育ててもらった覚えは皆無だよ」
 だからあてにならないんだ、とばかりにユリンは唇を尖らせた。
「ああ、彼女の心が読めればいいのにー」
 年輪のテーブルに項垂れて、じたばたする様子を見ると、ああ、見た目kるあいに子供に見えるなぁ、と妙なところでコルトは感心した。
「読んでどうするんだよ。……向こうに相手にされてなかったら泣きを見るだけだぞ」
 こういう見た目的なところでかんがえれば、向こうはコルトと同じか少し上くらいなのだ……。初対面でユリンを見たときに、そもそも恋愛対象に入るのかどうかも謎だ。頭巾かぶっているし、塔の使いだし。まともな神経をしている地上の人間なら、そもそも取り合わないと思うし、そうでなくても見世物のような扱いじゃないだろうか、とコルトは冷静に分析した。そしていろいろ考えていくうちに、どんどんユリンが気の毒になってきた。
「で、でも……! 好きでもないひとに、口付けってするの?!」
 露骨にコルトは渋茶を飲んだような顔になった。
「オレに聞くな、オレに! したことねーよ! されたこともないがな!」
「いやでも、人間のことは人間に聞かないとわからないし!」
 理屈にもなってない言葉をいうユリン相手に何ムキになっているんだと思いなおし、仕切りなおしの意味でコルトも茶を飲み干した。
「そうとはいうが、ユリン……。お前も男だ、そういうときはちゃんと相手の気持ちを聞かなきゃならない場面じゃないのか?」
「最近、師匠男について熱く語ってたの?」
 こくりとコルトは頷いた。
「おかげで最近見習いの間に男について、がかなり流行っているらしい」
 昨日のルグルの言葉……元はといえば、ユリンにとっての師匠の言葉が頭を駆け巡る。今が、その時なのだろうか。
「ないかな……。気持ちをするりと聞ける方法……!」
 コルトはとうの昔にその方法は考え付いていた。考え付いていたからこそ、何とかユリンに自己完結してもらいたかったのだ。なので、思いつく前にそそくさと視線を合わさないように、天井裏から流しへとカップを持って逃げようとした。
「コルト、明日一緒に来ない?」
 背後から輝かしいばかりの期待に満ち溢れた視線が、背中を貫通してコルトの良心に突き刺さった。

おやま [GIaxU-LtnYX-zrvqH-wCclM] Mail 2006/02/06(月) 07:57:33

10.人のものは私のもの、私のものは私のもの

 コルト・イドンは、講師生活一月足らずにして教え子を見守るような心境を味わうとは思ってもいなかった。それが部屋を出、鍵をかける時の心境だった。
 コルト・イドンは、十代半ばで徴兵されて戦地に赴く戦士のような心境を味わうとは思ってもいなかった。それがいざ透明な竜の前に引きずりだされた時の心境だった。
 コルト・イドンは、塔生活十年少しでこれほど友達というものに失望したことはなかった。それが無理やり箱馬車の中に蹴りいれられた時の心境だった。
 コルト・イドンは、生まれて十六年でこれほど未知な世界に踏み入れたくないと嫌がったことはなかった。血こそ見ないが惨事になると思ったからだ。乗り物や高いところ、暗いところで気分の悪くなる者が、進んでそういう場所に足を踏み入れるような愚かしいことはしまい。しかしこれから自分はやってしまうのである。しかし同時に、ああ何て自分は友達思いのいいやつなんだ、という気分に浸らなかったかと問われれば、いいえとはいえない。

 街に入ってからというもの、コルトは青白い顔で馬車の隅っこで縮こまってしまっていた。
「酔う……塔より開放的空間でまだマシだが……本気で気持ち悪い……」
「たまにはいい薬だよ。ずっとあの部屋に閉じこもりっぱなしっていうのはやっぱりよくないもの」
 いいことをした、と妖精が笑っているのが始末が悪いとコルトは思った。
「そういいことをしたつもりになって、自分を正当化するな、ばっきゃろー……」
「それだけしゃべれたら全然大丈夫そうだね。あ、彼女だ。おーい」
 まるで犬が尻尾を振るように、御者台から全力でユリンは彼女に手を振っていた。紅潮している顔に、ああ、年相応の顔もできるんだなぁと妙なところでコルトは感心した。

「大丈夫ですか?」
 箱馬車の隅っこで縮こまっているコルトに、窓から声をかけてくる彼女。 コルトの初対面の印象は、街道のど真ん中に咲くタンポポだった。ちゃんと洗ってまとめてやれば、その花のように綺麗な金色の髪なのだろう。そして幸せで磨いてやればきっと誰からも愛される女の子になるだろう。年季の入ったエプロンドレスを着続け、悪い噂を流され、家では味方が一人もいない。そんな花が折れない理由は、ほんの少しの希望に縋っているからだ。
「大丈夫です。少し、人が多いところが苦手なだけなので……」
 コルトは今日のお昼ご飯をもどしそうになるところを口元を押さえて堪えた。どうしてユリンは気づかないんだと胸倉掴んで罵倒したくなる。
「本当? 真っ青ですよ?」
 そういわれるからには、ああ本当に真っ青なのだろうとコルトは思った。しかし思ったことは態度には出さず、本当に大丈夫ですからとばかり、パタパタと手を振った。
「ええ、本当いつものことですから。ユリン、オレのことは気にしないでくれ。もう隅っこのモノとして二人で楽しく買い物してくれ、本気で」
 コルトは無理に笑ってみせた。少し先の未来に、感受性を働かせたら青くならざるを得ない。ユリンは何かいいたそうにじっと自分を見ていた。自分のしでかしてしまったことに、泣きそうな顔になっていた。後で謝るくらいなら、最初からつれてくるなばっきゃろー! と罵倒できたら向こうも楽になろうだろうな、とはコルトも思う。
「ごめん、コルト」
 コルトは返事の代わりに目を伏せた。これが一番いい薬だろう、と思ってだ。
 不器用なコルトが、不器用な友人にできる最良は、機嫌を損ねたフリをして、しばらく友人の追及から逃れることだった。

 講義や行事の連絡は、全部十階の掲示板で行われる。なので、お昼休みにその内容を確認しようとわらわらと学生が集まってくる。もちろん、その連絡事項の中に、一月の間ユリンと一緒に買出しにいくものの名前も張られていた。訂正は元の資料に赤線を書き加える形で修正される。
 去年、買出しについていったイルフェはここ数年は希望しないと回ってこないだろう。後残り日にちも少なくなった。これから、変わってもらってユリンと二人っきりで出かけるのも悪くはない。見習い同士で仲のよい子や、よく質問しにいく講師や教授に対しても交換を持ちかけたけれども、誰もが嫌がって交換したがらなかった。それなら、あまり付き合いのない人でも当たってみるしかないだろう。
 半ば本気でそう考え、資料を見上げたイルフェは絶句した。明日の欄は空欄になっている。おそらく明日は買出しをしないか、それともライ先生とユリンは城に行く予定なのだろう。もちろん、今後の為の王族との交流目当てである。
 今日の日付の本来の担当者の名前に赤で横線が入れられ、その横の空欄に赤字で代わりのものの名前が綴られている。
「コルト・イドン……講師」
 震える声でそれを読み上げると、見知った者が相槌を打った。
「人間の王様……つっか化け物持ち出すなんて、こりゃユリンも本気かな」
 横から割り込んできたカボチャ頭をイルフェは小突いた。
「何であなたがいるのよ、ルグル」
 へらへらと力のない笑いを顔に浮かべながら、ルグルは肩をすくめる。
「つれないじゃんー、イルフェ。……つっか、さー。皆いい加減にイルフェに気を使うのはやめにしないー?」
 その一言で、掲示板の周りにあつまっていた見習い連中は絶句した。状況がわからないのは、イルフェ本人だけだった。
「……皆、どういうことよ?」
 首をかしげるイルフェ。こういう状況は心当たりがある。
 自分ひとりが、秘密からのけ者にされた時だ。
 ぐるりと回りを見回すが、イルフェと顔をあわせるものは誰一人いない。……と思ったら、一人いた。
「どういうこと、ルグル」
 自然と低くなるイルフェの声に、ルグルはさほど動じた様子もなく、いつもの間延びした感じの口調で答えた。
「オレっち一人悪者になる気はないので、教えなーい」
「ちょっと!」
 イルフェが止めようと思う前に、見習い魔術師たちの間を巧にすり抜けて、ルグルは逃げ出してしまった。
「どういうことよ……」
 呆然とつぶやくイルフェに、消え入りそうな気で同じ部屋の女の子が話しかけた。
「ご、ごめん。イルフェ……。本当、うわさで本当かどうかはわからないから、イルフェにはいわないほうがいいと思って……ほら、本当かどうかわからないからさ」
 言い訳交じりで、同室の子は、塔の中のうわさ……しかも、できる限りイルフェには伝えないこと、という不文律のついたうわさを話した。
「ユリンちゃんにはさ、地上に好きな人がいる、らしいの」

おやま [BBZsJ-jBvcP-XzDuz-saovK] Mail 2006/02/07(火) 01:56:30

11.知らない王子
 
「ほら、城の中にいってもちゃんと恥ずかしくない格好をなさい。ユリン、肩が出てて後ろの頭巾が曲がってるわ。あなた、帽子がゆがんでます」
 朝も早くから、塔の最上階の部屋は騒々しかった。
「校長……朝からそうガミガミガミガミいわなくても……」
 日が出る時間には完璧に身支度を整えていた校長は、びし、と耳まで垂れて水色の長衣が肩からずれかかっている眠そうなユリンを指差す。
「ここでは、校長じゃなくて……」
「エレン。そんなにガミガミガミガミいってると、努力している顔にしわが増えますよ?」
 命知らずの大魔術師の言葉に、エレンの理性よりも先に手が動いた。首筋への手刀一撃で大魔術師を黙らせる。その後、力が抜けた体をらくらくと椅子の上に座らせる。その上、ぼさぼさの灰色の髪を丁寧で櫛でとかしていく。
 ああはなりたくない、と、ユリンは鏡の前で自分で自分の礼服の襟を正した。

 今日は基本的に市場での買い物はナシである。その代わりではないが、ユリンは大魔術師ライに連れられて、城に行くことになっていた。
 城にいくのはこの季節のユリンの楽しみの一つでもある。御伽噺では、魔術師ライは堂々と門から乗り込んでいくことになっている。百年の間ではずいぶんと脚色されて、一回目の訪問は竜に乗って、人形の行列をつれて城を訪問したことになっているが……現実はそれほど飾ったものでも何でもなかった。

「ごめんくださいー」
「どうぞー」
 あたりまえのように鏡から出てきた大魔術師と、珍しく頭巾をかぶらず素顔をさらした荷物もちの妖精の子供を、あたりまえのように王と王子が出迎えた。
 百年の間、大魔術師ライがこの一言を忘れたことがない。その上、魔術師ライの身なりはいつもいつもさえない教師風だった。生地こそ上等な羅紗の上着だが、平和ボケして目力のない灰色の目も、癖毛がちな灰色の髪も、威厳というものをかなり遠く見せていた。ただ、せめてもの貫禄がつくように、という共生者の願いで、伊達めがねをかけさせられている。
 そして、深く考えない性質が百年間受け継がれている王の受け応えも毎年毎年同じようなものだった。
 毎年の恒例行事の大魔術師と王の密会は、城の中でも沈黙の間と呼ばれる場で行われる。城の北の塔の上部に位置するここは、重厚な壁と幾重の扉で封をしてあり、おいそれと聞き耳を立てるわけにもいかない。一番近くに配備された兵でも、ここにくるまでには螺旋階段を上り、扉を五つあけなければならない。この距離感が、王と魔術師の間の信頼を示しているといわれているといわれている。
 部屋の中は決して華美にならないようにすること、そして壁には必ず初代王と王妃の肖像画を飾ること、大魔術師と会うときは初代王の出自がもともと平民であったことを忘れないこと。以上の三点が、大魔術師が代々の王に出した約束事である。そして、代々の王はそれを律儀に守ってきていた。今日の出迎えの壮年の王も、そして少年の王子も、生地こそ上等なものの簡素なチェニックといういでたちであった。
「お久しぶりです、王」
「お久しぶりです、大魔術師」
 大人は大人で肩書きの挨拶と握手を交わす横で、子供は子供の挨拶をする。
「お久しぶりです、王子」
「お久しぶりです、ユリン。……あー、ユリンはかわいいなー。抱きついて頬擦りしていい?」
 人形を扱うように、ほいほいと王子はユリンを抱えあげ、頬釣りしてきた。
「拒否権認めるつもりもなさそうだね」
 ため息混じりながらも、ユリンは嫌がった様子はなかった。
「こう見ると、小さい時は二人そっくりだったのに、王子はちゃんと王に似てがっしりと男らしくなりましたね」
「ええ。昔はユリンちゃんみたいに愚息もお人形さんみたいにかわいかったのですが、年々生意気になってきて」
 大人の言い分に、子供らは頬を膨らませて反論する。
「師匠! 僕はちゃんとれっきとした男です!」
「父上! 生意気の半分は無理難題をふっかける父上にあるんでしょうが! ユリン、大人はほうっておいて、男の話をしにいこう」
 王子の胸の中で、妖精の子供はこくりと頷いた。
「結婚前の大事な体なんだ。落ちるなよ、愚息よ」
「風にさらわれないようにしてくださいね、ユリン君。あと、それはちゃんと王子に渡すんですよ」
 心配しているのだか心配していないのだかよくわからない大人達の言葉を背に受けて、王子が率先するように沈黙の間を出て、塔のてっぺんへと上っていってしまった。

 大人達は立つのも疲れたとばかり、ソファーに座り込み、向き合った。これからは大人のお話の時間なのである。ぱたぱたとした足音が聞こえなくなってから、大魔術師が口を開く。
「早いものですね、もう王子も十八ですか」
 親の顔をした王様は頷いた。
「代々のしきたりとはいえ、もう少し遊ばせてやりたい気もしますがね」
 魔術師は苦笑いを浮かべ、壁にかかった大きな肖像画を見上げた。
 白銀の甲冑に身を包んだ獅子のような英雄王と、その前に座る無機質な人形のような貴婦人。大魔術師がこの国に現れる一代前……そして、この国の建国王とその王妃、その人であった。
「愛されていないことを悟った王妃は、その血筋を呪った。この国の王家の男児は、十八までに愛したたった一人の女性しか伴侶にすることができない。それ以外の女性を愛でようとした場合、地獄の業火がその身を焼き尽くす」
 物語を読むように、大魔術師は伝説をなぞらった。
「十九になってから父王に明かされて、真っ青になりましたよ。十八の機会にちゃんと后と一緒になれてよかったというべきか……」
 王の苦笑が、大魔術師に伝わったのか、大魔術師も苦笑した。
「ある意味、初代王妃の親切でしょうね……。女性の目から見れば、自分のような苦い思いをする后は将来いらない、そういう后が出るくらいなら国など滅んでよし、と」
「よっぽど、ユリンちゃんのお母さんはきれいな人だったんでしょうね」
 大魔術師は肯定の意味で頷き、当時を知るものとしての言葉を続けていった。
「見た目は初代王妃と耳と大きさ以外は大体同じようなものでしたが……。
 あの妖精の彼女の美しさは、見た目だけではなかったんですよ。どれだけ身も心も擦り切れそうなことがあっても、彼女は立ち向かった。最初は荒い宝石の原石も、そういうカットが施され、それは美しいものとなった……。
 宝石が砕ける前に、そんな彼女の儚さを理解し、彼女の代わりに全ての痛みから逃れずに立ち向かう男がいた。……彼女の心を射止めたのはそういう男で、戦う彼女の美しさばかりに目を奪われた英雄王ではなかったんです」
「そこで見た目がそっくりだったから忘れない為に、という理由で大貴族の娘と一緒になってしまったのが英雄王の愚かなところですか……」
 今でこそ他人事のように聞けるが、もしこれが十八の日に聞かされていたらとても正気ではいられなかっただろう。途方もない勘違いの末に行き着いた呪いに、現王はため息をついた。
「まぁ、やってしまったものは仕方がありません。諌めなかった、という意味では僕も同罪です」
 いやー、すみません、と頭を下げようとする大魔術師を、手で王は静止させた。
「ご先祖様に代わって、感謝の言葉を。代々愚かな男の血を引く愚かな息子達が呪いを忘れないのは、すべて大魔術師のおかげです。
 ……しかし、この国に攻めてこれない他国の王らが、真相を知ったら笑うでしょうな」
 見分不相応の感謝をされるとくすぐったくて仕方のない大魔術師には、この話の転換はありがたかった。
「呪われた王家に民は従いません。二代目の国王はかなりうまい作り話を流されましたよ。おかげでこっちも、毎年堂々と買い物しても大きなトラブルもなく潤っています。それまではなかなか食べ物買うのも大変だったんですよ」
 王は、王で少年の日に戻ったような錯覚を覚えながら、大魔術師が大魔術師になる日までの冒険談を聞きたがった。 

 王子とユリンの出会いは、まだ二人とも幼い頃だった。二人とも耳とちょっとしたしぐさくらいでしか見分けがつかない時期が、二人にはあったんだ。王子を産んだ王妃でさえ、三日くらいは二人が入れ替わったことに気づかなかった。それでも、今では悲しいくらいに違えていた。初代王妃にそっくりな美人さんになるぞ、と親類で囃し立てられていた王子だが、実際成長すれば均整のとれた体つきの少年に成長した。もうそろそろ青年といっても差し支えのない年となってくる。逆にユリンは人間でいうところの、ひとつ年をとった、程度の変化しかなかった。毎年会う時、髪型はいろいろ変わったりするが、それでも変わらない、という言葉がいつも口にされる。
「いやー、やってられないよ。十八で結婚は早すぎる」
 高いところの風はやはりどこだって心地よい。塔の最上階の窓から顔を出したユリンはそんなことを思った。
「まだ王子には好きな人がいないんだ?」
 どうなの? とにやけた顔で妖精が振り返って王子の顔を見上げた。
「お、ユリン。ずいぶんと優越感にひたった顔しているな。成敗するぞ」
 見えない鞘を抜き去り、王子は見えない剣を構えた。演技力の見せる剣に、ユリンも負けてはいられない。見えない槍で床を音なく叩き、見えない穂先を王子に向けた。
 じり、じりり……、と、すり足で円を描くように二人は移動しながら少しずつ間合いを詰めていく。
『覚悟!』

「まぁ見えないチャンバラはこれで……二十三勝九十八敗か」
 この機会でしか使われない最上階には、二人の秘密の記録が壁に刻まれていた。そこに王子はこの機会でしか使われない白墨で、さらなる歴史を刻みこんだ。負けたユリンはべったりと床に張り付くようにうつぶせで転がっていた。背中に背負った荷物だけは潰れないように努力した結果でもある。
「八年前くらいまでは負けたことなかったのに……見事に王子、腕を上げられましたな」
 年寄りじみた口調と、学校に上がる前くらいのユリンの若さのずれに、王子は笑いながら似合わないよといいつつ、起き上がったばかりのユリンのそのおでこをはじいた。
「そういうユリンこそ、さっきの口ぶりだったら……お前女のほうで戦果あげたんだろ。ただでさえ大人から子供までメロメロにする見かけのくせに、生意気な」
 自分に合わせて若返っているような王子に、ユリンは笑った。
「うん。まあ、向こうの気持ちはわからないけれどもね、好きな人はいるよ。毎日会って……ええとね、こういったらいいのかな。お互いの気持ちを確かめ合う段階?」
 王子はユリンの髪をわしゃわしゃと乱暴に撫で回した。
「えらい、よくやった。ついでにお前が結婚してくれ」
「僕はこの国の王子様じゃないしね」
 ユリンは舌を出した
「俺は多分、無理だ。……俺の代で十八のうちに嫁をもらう習慣は終わる」
 王子はまじめな顔をした。
「どうして? 気になるこもいないの? 社交界っていうのかな、そういうので気になることかまるでできなかったの?」
 苦虫を噛み潰したような顔で、王子は言うのだ。
「あのなぁ、そりゃ俺だって男だ。十八まで生きてきてそりゃ気になった娘のひとりはいる」
「なら、その娘を選べばいいじゃない」
 ユリンの瞳の色よりもずっと深いところまでいきついたため息をつき、王子はユリンにすがりついた。
「ちょっと膝枕して。俺も疲れた。あー、やっぱりこんなくらいの高さのまくらがちょうどいいな」
「拒否権ないんでしょ。頭だけでもずいぶん重くなったね、王子様。いっぱい悩みがつまってる」
 よい子よい子と子供は王子の短いサラサラな金髪をなでなでした。昔は本当に髪型をそろえればうり二つだったのに、お互い変わったなぁ、とユリンは実感してしまう。
「俺にも好きな子はいた。まぁちょっとしか会ったことねえし、名前も知らない。俺が社交界に連れて出たのがまあやっつの時だったが……俺は畏まった場や心にもないことばかりいう大人らに嫌気がさして、庭に抜け出したんだ」
 王子はその日のことを思い出すように、そっと目を閉じた。
「庭には、いかにも俺と同じような野郎がいた」
 思わずユリンは吹いてしまった。
「男……!?」
「男なわけないだろ! ……まあ、正直そのときは俺も女だとは思わなかったが……。野郎はいかにも不審げに庭をウロウロしていた。最初は道にでも迷っていたと思ったが違ったんだ……。
 野郎は、こともあろうにここの庭でカエルを取っていた」
 そこらへんな、といいつつ王子は塔から見える
「カエル……!?」
「そう。さすがに俺も面食らった。だがそいつはそんな俺を見て、にやりと笑ってこういったんだ。『一緒にカエルをとらないか? 家来にしてやる』と」
 子供は実に怖いもの知らずで馬鹿だよなぁ……と、王子はため息交じりにぼやいた。 
「家来になったの?」
「まさか。その時は俺も子供だったからな。俺の庭で俺よりもカエルが取れるわけがない、って言い返して……そうそう、それでカエル取り競争になって、お互いの健闘を讃え合ったな」
 ユリンは、そんな大切そうな王子の話を聞いて、首を傾げた。
「男友達同士の付き合い?」
「だからなじめたかもしれないな。向こうもこっちのことを気づいていたようだが、もう歯に絹着せぬ物言いで……そういう女と会ったのは初めてだったんだよ。それから次は来るかな、次こそ来るかな、って思いつつ……気がつけば今日になってしまったと。惜しいことをした。今まで生物学上で女と分類される中で、野郎ほど気さくな奴はいなかったのに」
 王子のため息の深さが後悔の深さを物語っていた。
「どうして、どうして王様に相談しなかったの?」
「庭でカエル取りをしていた貴婦人の行方が気になるのですが……、っていえるほど、俺に度胸があるとでも?」
 ユリンは王子の言葉に首を横に振った。確かに、それを口にして問うのは恥ずかしい。
「何で僕に教えてくれなかったの」
 耳元のユリンの責めるようなささやきに、王子はにやりと笑った。
「お前に話してわかるとは思わなかったからな」
 どうせ僕は子供さ、と言いたげにユリンは頬を膨らませた。
「そういえば、何か持ってきたのか?」
 こくりとユリンは頷き、背中に背負っていた荷物の中身を出し、王子の前にちらつかせた。
「中はちょっと重いけれども、全然箱だよ。うん、木箱。かなり頑丈に補強されているから、ちょっと動いたくらいで中は何ともなってない……はず」
 日々見る書類と同じくらいの大きさだな、と思いつつ王子はその箱を手に取った。
「開けていいんのかな?」
「いいと思うよ、師匠も王子に、っていってたし」
「これをユリンが背負ってたことは、ハンデつけられてた、ってことなのかな。どれどれ……」
 鍵はなく、留め具をはずしただけで簡単に開いた。中には、たくさんの緩衝剤代わりの紙と、そして透明な何かが入っていた。
「女ものの靴だね……。輝度から見て、多分ガラス」
「ってことは、作ったのはエレンおばさんか」
 本人が聞いたら王子に対してならおねえさんと呼びなさい、と怒っただろう言葉に、ユリンは笑った。
「そしてカードが一つ……。このミミズがのたくったような字は、大魔術師……ライおじさんだな」
 読めない、と、上から見下ろすユリンに王子はカードを渡した。
「師匠の字は十年以上たっても上達しないってことだね。ええと、ささやかなものですが、貴方の番に贈り物を。妻が作り、私が持ち主を不幸から守るおまじないをかけました。よいお嫁さんが見つかることをお祈りします。……」
「つまり、大魔術師なりの圧力のかけ方なわけか」
 元のように箱を閉じるが、王子は靴を箱の中にしまわなかった。
「俺にゃ必要ないよ」
 ようやく頭を持ち上げて、王子は起き上がった。
「そりゃ、未来のお妃さまのものだものね。それまで大事に取っておかないと」
 責めるように見上げてくる妖精だが、その首根っこを王子に掴まれて、浅い海色の瞳を大きく見開いた。同じ色の瞳が、じっと妖精を見下ろしている。
「これをあげるような相手を……準備日の明日、それから明後日の国を挙げての祭りで見つけなきゃならない。でも俺にゃやっぱり無理だ。だから、お前にやる」
 後ろで隠すものがなく手持ち無沙汰になっているユリンの頭巾の中に、王子はそっとガラスの靴をしまいこんだ。
「うん、上から見てもわからないな。ナイス隠し場所だ」
 ようやく手が緩み、咳き込みながらユリンは抗議した。
「ちょ、ちょっと、王子! ……」
「お前にぴったりだろ。がんばれ若人」
「君のほうが僕の年の半分以下じゃないか……!」
 はいはい、と王子はユリンの頭を優しく撫でる。
「あのな、仮に俺がちゃんと妃を見つけたら、不幸になんて絶対させない。だから、それはいらない。ユリンの自信の糧にしてやったほうが、その靴も本望だろ。お前はちゃんと思いを告げろよ」
 王子は、ユリンを見つつも遠くを見ていた。いない人を、見ていた。
 それがわかったから、ユリンはまぶたを閉じ、その裏に今も確かにいる人を描いた。

 もう王子の婚約者選びのパーティは明後日だ。
 明後日の舞踏会に備えて、市場は今日も活気づいている。お祭りの前の独特な熱気が街全体を包み込んでいた。
 ユリンは何だか悲しくなってしまった。祝う人も、祝われる人も、ひょっとしたら当日はいないかもしれない。この熱気の分だけすべてが冷気となって、王子を責めるのだろう。そう思うと、とても雰囲気に飲まれて浮かれるわけにもいかなくなった。
 王子の話を聞いて、今すぐ彼女に会いたくなった。会って何を話せばいいかなんて、まるで原稿が真っ白だ。でも、いつか彼女はいなくなる。自分の前から必ずいなくなるのだ。その日が、いつかなんて、予定表を知らないユリンには絶対わからないし、だから今日必ずいる、という確信もないのだ。
 本当は今日、街にいく予定なんてなかった。大魔術師には、「どうしても今日じゃないと、と頼まれたものがある」といって、街に下りる許可をもらった。城側も、ユリンの目立たずに街にいきたい、という意向を最大限に汲み取ってくれて、調理場の裏口からこっそりとユリンは外に出た。靴は調理場から手提げ袋を頂戴し、頭巾の中からそっちへと移し変えた。かなりみすぼらしい袋だが、人間と明らかな差異のあるユリンが、頭巾を被らずに街にいくわけにもいかないのだ。竜鈴を念のために持ってきたので、帰りに困ることはない。ただ、馬車ではなく直接竜に運んでもらうから、日ごろ以上にかなり怖い空の散歩になる、というのは容易に想像できた……が、それがどうした。
 彼女には、今日は来れないかもしれない、といっておいた。
 それでも彼女は笑って、約束の時間には一応来るから、それでいなかったら帰るわね、といっていた。
 だから、約束の時間に、市場の入り口といういつもの場所で待っていれば、かならず彼女と会えるはずなのだ。今日もユリンは塔関係者以外はまず着ないだろう、という鮮やかな水色の長衣を着ている。見間違うはずもない。

 ただ、ユリンは彼女は必ず来る、ということ信じて待ち続けた。

 彼女は約束の時間から、鐘が一つ鳴っても来なかった。

 病気をしたのかもしれない、怪我をしたのかもしれない。ぐるぐるぐるぐるとユリンの胸の中で不安感という魔物が暴れだす。
 彼女が好きそうな、糸や布の置いてある衣の市にも、装飾品の市にも、どこにも彼女の姿はない。
 どれだけユリンが歩いたのか、走ったのか。ただ、気がつけば空が茜色だった。そして気がついたら、何かに導かれたかのように、初めて彼女とゆっくり話した忘れられたゴミ捨て場にいた。
 今日も、耳の聞こえない男が、もくもくとゴミを燃やしている。
 顔を下げないで、と彼女に言われたけれども、ユリンはくたくたで顔を下げずにはいられなかった。
 だから、ユリンは足元に転がっていたくしゃくしゃな紙に気づいた。どこにでもありそうな紙だと思ったが、そうではない。見覚えのある模様を持っていた。気になって靴先で広げてみたら、それは店の名前だった。
 ……たくさん紙を買った、あの文具店の遊び紙……
 靴先ではなく、今度はそれを拾ってユリンは紙を広げた。それはところどころでビリビリに敗れていて、掠れた赤黒い汚れと、ちゃんとした定規で引いたインクの線があった。
 ユリンは夢中で、同じようなくしゃくしゃになって丸められた紙を広げた。すべてが同じように、インクの線が引かれていて、そしてビリビリに乱暴に破かれていた。

おやま [GIaxU-LtnYX-zrvqH-wCclM] Mail 2006/02/08(水) 00:43:21

12.王様の失敗

 イルフェが廊下から窓の外を見ると、箱馬車が飛んでいくのが見えた。ユリンにしか見えない竜に引かれた馬車が、今日も待ちに降りていくのだろう。
 イルフェはユリンが不在なうちに、行きたいところがあった。
 その為に、念入りに下準備をした。目的地までの最短ルートを頭に叩き込み、そして会いたい人物が確実に目的地にいる時間を狙う。ただこれだけを調べるだけなのに、決心を固める為にあえてイルフェはそれを行った。時間はお昼休み。そして午後の最初の授業は、ずいぶん前から休校の知らせが届いている。

 今日もユリンは、変わらない時間に、違う人を連れて透明な竜に乗って街に下りる。
 いつものように馬を貸してもらってから、箱馬車は街の市場へと向かう。
 そこで、いつも元気いっぱいに手を振るすみれ色の瞳の彼女と会うのだ。
 どれがかけても、今年の買出しではない、とユリンは信じていた。
 だから、今日は買出しではないのだ。

 イルフェの向かう先は、教師達の研究室のある中上層階の一室だ。そこは教師も滅多に近寄らないし、学生はなおさら近寄らない。平気でこの中に入っていくのは、部屋の主を恐れない大魔術師、校長、実力のある何人かの教授……そして小さな妖精くらいだ。
 部屋の前に来て、イルフェは深呼吸した。波立つ心を、鏡のように静めていく。魔術を使うわけでもないのに、この部屋の中で絶対取り乱したりはしない、と前持って決めていた。
 真鍮の名札が、部屋の主を告げる。
「コルト・イドン……講師か」
 イルフェが塔にやってきたときは、彼はイルフェと同じ教室だった。しかし、彼は気がつけばトントン拍子にスキップし、今では同世代の中でも一つ頭抜けて今の地位に納まっている。
 つばを飲み込んで、イルフェは扉をノックした。
「どうぞ、イルフェ」
 中からイルフェを特定して招きいれる声がした。
 部屋の中は、魔術のにおいはしなかった。逆に完璧に魔術を嫌い、薬の類と大それた調合用器材、そして調合用の溶媒の管が縦横無尽に走りまわっていた。
 部屋の主の姿を探そうとイルフェがきょろきょろあたりを見渡していたら、声が上からかかった。
「上だよ」
 いわれてイルフェが見上げてみると、天井裏をぶち抜いた先に小さく塗れるように黒いコルトの頭が見えた。

 椅子……といわれてイルフェが勧められたのは椅子ではなかった。見事な一斗缶である。座って凹まないかと思ったが、意外と丈夫なようだった。
 深く年輪の刻まれた丸太の机の上には、イルフェ用のお茶のカップとミルク、砂糖がすでに用意されていた。
「……こういうのも、あれだけれども、お久しぶりです、イドン先生」
 気を落ち着かせる為に、イルフェは挨拶から始めた。
 露骨に嫌そうな顔をコルトが見せた。
「この茶、昨日ユリンが気を利かせて買ってきてくれたんだ。……食堂じゃ用意してくれない高いやつなんで、ゆっくり味わってくれ、イルフェ」
 つまり、リラックスしろ、ってことなのかしら。と、イルフェは心の中で複雑な奴だと思った。とたんに、コルトの眉間が緩んだ。
「いただきます。……確かに、一介の貧乏講師がやすやすと買ってこれるようなお茶じゃないわね。ユリンの舌にあわせて買ったものでしょ」
 カップを置いて、言葉を選ぶようにコルトがぽつり、ぽつりとしゃべりだした。
「このお茶は……うん。ある人が、幸せだった時に毎日飲んでいたお茶らしい……。話を聞いてから、是非買って飲んでみたくなったそうだ」
 嘘をついているのか、そうでないのか。
 イルフェは探ろうとしたが、この人間の王様の前ではまるで意味がないので、そういう努力はやめることにした。
「単刀直入に聞くわ。あたしは傷ついてもどうなってもかまわない。気を使われてのけものにされるくらいなら、みんなの前で泣いていたい。
 コルトはどうして、一昨日、街にいったの?」
 コルトは受け止め方に困惑しているようだったが、観念したかのように口を開いた。
「ユリンに誘われたからだよ」
「どうして?」
 イルフェはできるだけ平静でいるようにつとめた。そうでないと、どんどん声が高くなっていくような気がしたからだ。
「胸の内をどうしても知りたい人間が地上にいたらしい。なら、自分で聞きだせ、って話だが……怖いからユリンとしてはリスクの少ない方法……まぁ、オレを連れていったわけだ」
 おかげでかなり気持ち悪い散歩をした、とコルトも余裕ぶるかのように肩をすくめてみせた。
「その女性、っていうのが……噂のユリンが好きになった人、なの?」
 好きになった人、という言葉を出すだけで、イルフェの心が悲鳴を上げる。私だって、私だって、私だって。だってという言葉がひたすら耳元でぐるぐると回り始めた。
「そうだ」
 突き放すようなコルトの一言に、ぐるぐるは沈静化した。その代わり、血が流れるのを拒否するかのように、寒さがイルフェを襲った。
 ここで目を閉じて倒れて貝になれたらどんなにいいだろう。そういう未来をイルフェは夢想した。しかし、心の中で強く卑しい部分が、矢印が一方方向ならまだまだチャンスがあると騒ぎ立てる。
 乾いた口の中を癒すように、もう一口、お茶を口にした。イルフェのその行動に、コルトもならった。
「その女性は……どう、ユリンのことを思ってるの」
「それはお前と関係ない、イルフェ」
 きっぱりとした拒絶が帰ってきて、イルフェは狼狽した。
 コルトは、額に浮かんだいやな汗をそっと拭った。そういう汗がコルトから浮かんでくる意味を、イルフェは悟ってそして消えたくなった。
 
 お前のものはオレのもの。オレのものはオレのもの。
 ……昔。まだ、今のようにコルトの持つ魔力が強くなかったときは、そうやっておもちゃのように遊ばれる子供が多かった。イルフェも例外ではなかった。一回受けた自分の意思でないのに踊らされた屈辱は、その時はすぐに暴力的行為によって払拭した。しかし年を経るにつれて膨大に膨れ上がったコルトの魔力は、もう一体どれほどのことができるのかイルフェには見当がつかない。
 魔術師になる条件に、魔力の有無がある。
 魔術というのは、自身の中にある魔力を現象に転換すること……と、大魔術師が話をしたことがあった。だから、
 一部の例外を除いて、この塔にいる大人から子供は皆、魔力を持っている。他の魔術師たちの集まりでは、後天的に魔力が付与された子もいるが……この塔では、皆先天的に魔力を持つ子供が集められている。魔力を持つ子供は、必ず血筋から生まれるわけではない。イルフェのように家が代々針子の家からも、代わり種が生まれてくることもある。
 そして、先天的に魔力を持つものにも、二種類に分けられる。
 一つは、純粋な魔術の為の燃料として魔力を持っているもの。イルフェやルグルをはじめ、多くの魔術師はこちらに属している。
 もう一つが、生まれ持った魔力が、生まれながらの魔術として作用し続けるもの。こういう生まれながらの魔術は、塔に入る時に、魔術の名前を大魔術師が決める。たとえば、物を触れずに動かす力があるものを「手力」、小さな生き物を成長させる力があるものを「栄養剤」と……大魔術師のセンスがない為か、ロクなものがいない。その中でずば抜けた魔術であり、ロクなものでない代表がコルトの「人間の王様」である。
 コルトは、人間種族の全てを支配できる。

「私だって……ずっとずっと、ユリンのことが好きだったのに、酷いよ……。ちょっとだけ出てきて、取っていくなんて……。コルトは知ってるでしょ?」
 熱いものが目からこぼれおちていくことも、イルフェは制御できなくなっていた。慰めなんて期待はほとんどイルフェはしていない、ただ、同意がほしかった。
「違う」
 予想と違うコルトの言葉。
 嘘偽りなく、ユリンのことは好きだといえると、イルフェはずっと思ってきた。
「違う」
 もう一度、コルトは、はっきりと口をした。
「一体何が違うっていうのよ!」
 顔を真っ赤にして立ち上がるイルフェを見上げるコルトは、逆に顔が青白かった。
 コルトは慰めるべきだったのか、とは思ったが……平静のイルフェの言葉を、信じることにした。ここで下手なことをいって、嘘を固めていったら、やはり後が怖かった。もっとたくさんちゃんと人間と人間のように会話をしないとうまく立ち回れない。もしかしたら自分は口を使っての円滑な意思伝達下手じゃないか、とコルトも昔から考えていたが、実際その通りだった。
 どうしてここで自分がイルフェに立ち向かわなければならないんだ。理不尽のように思えても、誰かがいつか言わなければならないことだったんだろう、と無理やりコルトは自分で自分を納得させた。
「……イルフェ。お前のいうユリンってどんな奴だ?」
 当たり前のように思っていたことを、改めて聞かれて、イルフェは戸惑った。荒れた心の世界のどこを探しても、ユリンが見つからない。大切にしまっていたユリンの笑顔が、見つからない。ああ、荒れているからいけないんだ、と必死に涙をこらえて、心を静めた。冷静に、積み木を組み立てるように、自分の中にいるユリンを組み立てていく。
「ユリンは……ずっとずっと前から、塔に住んでて、私たちの面倒を嫌な顔一つせず見てくれたわ。家に帰る、っていって泣いた日は、慰めて励ましてくれた。どんな騒ぎがあっても、塔に住んでいる妖精さんと協力して解決してくれたわ。どんなに大変なことがあっても、いつも冷静で、落ち着いていて……あんなに小さいのに、涙一つ見せない。いつも立派に立ち向かう」
 一つ、一つ、ユリンのことをイルフェは整理してあげていった。
「そう。イルフェから見てユリンの偉いところは……あれだけ小さいのに塔の中で多くの魔術師らの召使やってることなんだろ。上も下も容赦なくユリンに仕事頼むしな」
「違う!」
 嘲笑うようなコルトの言葉に、イルフェは反射的に否定の言葉を上げた。「違う? ならはっきりいっておく。イルフェ……そんな奴、どこにもいないんだ」
 後はなるようになるしかない、と腹をくくれば、コルトは言いたい言葉が実にすらすら出てきた。
「ユリンはいつも耐えてた。ユリンはそういうことに何とか楽しみを見出して、何とかやっていってた。涙を見せることもあった。ずっといつまでこんなことをするんだろう、って投げやりになることもあった。
 ずっとこの塔で暮らしているんだ、イルフェがそういうことを知らないとは言わせない。なら、こういうユリンのかっこ悪い面を何でイルフェが汲み取りもしないで、いいところだけ抜き出して好き、ということにしているのか、俺は知っている」
 聞きたくない、とイルフェは耳を両手でふさいだ。動作の激しさに、お下げが跳ね上がった。
「イルフェがユリンに向けていた思いは、好意ではない、哀れみだった」
 コルトは、腹を決めたからには、続けることも厭わなかった。
「そして大きくなってから気づいたんだ。自分よりも可哀想な境遇のユリンを哀れむことで、まだ自分はマシな位置にいるんだと優越感に浸りながら自分を慰めている……ああ、何て卑しい奴だ、ってことにな」
 目をそむけて耳をふさぎ、自分を守るイルフェにコルトは何ら感慨も抱かなかったわけではない。ただ、これは義務だと自分に言い聞かせた。
「その卑しさをごまかす常套手段だよな、好き、って思い込むのは。でも根本はごまかせない……。手伝ってあげてる、服も作ってあげてる、だからユリンが好きだというアピールは足りている……だろ?」
 だから、その後に起こりうる暴力的衝動にも、耐えねばならないとコルトは部屋にイルフェが来る前から、ある程度覚悟はできていた。

「……どうしたの? コルト、その怪我……!」
「ちょっとな……。日頃おとなしい優等生で落ち着いている奴ほど、切れると手が付けられないんだ」
 ユリンは塔に戻ってくるなり、まっすぐコルトの部屋に駆け込んできた。
 出迎えた部屋の主は、自作の湿布をおでこに張っていた。
「……これでやられたんだ。ルグル?」
 空の一斗缶の角のくぼみを見つけて、心配そうにコルトを見上げるユリン。
「いや、オレの授業はどうもハードすぎるらしい、って別の子からな……」
 昨日ユリンがお見舞い代わりにコルトに送ったいいお茶のにおいが天井裏に充満する。
 二人はしばし、お茶を楽しんだ。
 どちらも、何もいわない。
 さて、どうしたものかとコルトは思う。人間と話をすると、ぐちゃぐちゃしていて気持ちがわるくなる。しかし、そうでないものと話をするときは、自分が間違ったことをいうのではないかと神経を使う。
「この間はごめん」
「過ぎたことだ。……引きこもってたオレを心配してのことだろう?」
「う、うん」
 バレバレの嘘だとコルトはため息をついた。余裕がなくて、自分のことしか考えられなくて、ついやってしまったことだ。それはユリン本人が一番よくわかっていることだった。
 ユリンはお茶の水面に浮かぶ自分の顔をじっと見ていた。コルトは神妙なユリンの表情に、どんな話が飛び出すのか、見当はついていた。
 コルトは悩んでいた。
 ちゃんと正確に事実を伝えるべきか。それが正しいことなのか。さっきイルフェにやったことが痛みもあるせいかどうも正しいとは思えない。
 もし、校長や大魔術師なら……もっと丁寧に話せたのかもしれない。その仮定が、そんな二人になれないコルトを苦しめた。
「で、今日ここに来たのは、彼女のことだろ?」
「う、うん。今日も彼女は来なかった」
 歯切りわるくユリンは肯定した。
 何故こなかったのか、コルトが少しの間で見た彼女の記録で大体想像がつく。だから、ユリンもここに来たのだろう。
「……真実を語ることは難しいよな。正しく語るのには勇気が必要で、あやふやに語ると真実が受け止め手の手によって歪められる」
「何を聞いたって、僕は後悔しないよ。……それに、少しだけ……想像ついているんだ。ここに来る前に、覚悟はできている」
 さっきそういうことを考えて部屋をくぐってから、それに反故した奴が来たんだ。そういってやりたくなったが、コルトは口を噤んだ。
「……わかった。コルトがいいたくないなら……僕の質問に、はい、か、いいえ、で答えて」
「わかった」
 気を使ってのユリンの申し出は正直コルトにはありがたかった。
「……彼女が好きなのは、僕じゃないんだね」
「ああ」
 浅い海色の瞳から、今にも海がこぼれおちそうだ。それでも、ユリンは震える声を押さえつけながら、本当に聞かなきゃならない言葉を続けた。
「……彼女は、家で執拗ないじめにあっているんだね」
「ああ」
 会っているうちに気づけなかった後悔が、波のようにユリンを攻め立てる。ただじっと拳を震わせ、ユリンはそれに耐えていた。まだ、コルトに聞かなきゃならないことがあるからだ。
「……彼女が好きなのは……」
 そこで、気配なき来客者が言葉をさえぎった。
「ユリン」
 鈴のような呼びかけの声に、二人は天井裏から扉を見下ろした。声から誰かは大体予想がついていた。
「師匠」
「校長」
 唇を一文字に結んだ校長は、隙も遊びもどこにもない。髪の毛一本から全てが規則にそって見事に流れており、乱れを何一つゆるさない。
「大魔術師がお呼びです。今すぐとのことです」

おやま [GIaxU-LtnYX-zrvqH-wCclM] Mail 2006/02/09(木) 01:18:04

13.大魔術師の嘘

 最上階には、二人の偉い人と養い子が住んでいる。
 一人は、塔そのものを提供し、資金提供者の大魔術師。
 一人は、教育機関としての塔を統制する校長。
 ユリンがそんな二人の元に来て、二十年近い。二人はここにいるときだけ、ユリンを養い子とみて、塔のこの階より下では、何人かいる事務員の一人と見ている。そういう決まりごとを三人で作ったのだ。

「師匠……」
 ライが待っていた場所は、三人の寝室だった。部屋の掃除は全面的にエレンの受け持ちであり、エレンの性格が余計な調度品もゴミも何一つない。
 部屋で一番目を引くのは、巨人用にオーダーした飾りベットである。ベットはそれ一つしかなく、その上にふかふかの羽毛布団と三人の好みに合わせた枕があった。
 ライは、そんな大きなベットに腰かけて、ユリンを手招きした。ライはライで、いつものように儲からない貧乏青年学者のような様子で、年長者としての威厳も何もへったくれもなかった。
 変わらない師に、ユリンはベットまで助走をつけて……その胸に飛び込んだ。
「よくコルトの前ではガマンできましたね」
 押し倒されたライは、されるがままにユリンに布を貸していた。
「僕……僕……」
 こらえきれずに泣きじゃくり始める小さな妖精を、ライは背中に手を回して抱きしめた。
「いろいろなことがいっぱいあって疲れたでしょう。今日はゆっくりしてください」
 そんな二人複雑そうな顔で見守りながら、悩める母の顔をしたエレンは寝室の扉を閉めた。

「師匠……僕は間違っていたんですか?」
 ひとしきり泣き止んだ後、ユリンはライの上から降りて湿っぽい声で問うた。
「貴方が間違っていると思ったら、それは本当に間違いになります」
 上体を起こし、ライはそっとユリンの頭を撫でてやる。
「はぐらかさないでください、師匠。いえ……魔法使い」
 不服げに頬を膨らませるユリンに、ライは困ったものだとつぶやいた。
 ライの呼称が師匠から魔法使いに代わる時、二人の関係が依頼者と魔法使いに変化する。
「……ユリン君の先生も、それは若いころはたくさん恋の痛手を負ったことがありますよ。好きな人に好きだといえなくて枕を濡らしたこともあれば、ずっとそばにいた女性を無神経な言葉で傷つけてそのまま二度と会えなくなったこともあります」
 淡々と、ライは言葉を続けていった。ユリンは審判の前の言葉に、尖った耳をぴんとそばだてて、一言一言逃さずに聞いている。
「魔法使いになる上で、そんな痛手は負っておいたほうがいい。依頼主の痛みを理解するには、自身も同じような痛みを持っているほうがいいですから。そういう意味では、僕は最近のユリン君を否定しません」
 ほっと息をつこうとしたが、ライは首を横に振った。
「でもね、ユリン君。……ユリン君がもし依頼主ではなくて、本当にユリン君の先生だったら、今のユリン君は破門一歩手前です」
 ぎくり、とユリンの身がこわばった。魔法使いが依頼主に嘘をつくことは絶対にない。だから、どれだけ声色が優しくても、慰めにもならない現実が突きつけられていることをユリンは悟らなければならなかった。
「最近のユリン君は、満足にユリン君の先生の与えた課題……塔の魔術師らをよく見てそこから魔術を盗め……っていうものに満足に取り組んでいません。それどころか、塔の魔術師らの意向を汲み取りそこなうなど、失敗が最近目立ちますし……最近、塔の妖精とお付き合いが悪いでしょう?」
 浮かれていて、仕事を忘れていたのではないか。冷たく浴びせられる言葉に、ユリンはじっと自分の肩を抱いて、耐えた。ちゃんと全て受け止められているのを確認してから、魔術師と嘘をつく魔法使いが問いを発する。
「何故、塔の妖精が最近貴方を無視するのか……わかりますか?」
 考えてみたけれどもわからない、とばかりに首をユリンは横に振った。考えても仕方のないことだから、楽しい思いにそういうことは忘れるようにしていた。そんなユリンのだらしなさが見てとれたから、ライはユリンのほっぺをつねった。
「もっと頭を使いなさい。さもないと馬鹿になりますよ」
 戸惑いの表情を浮かべながら、とユリンは赤くなったほっぺを手でさすった。
 じっとユリンは考えた。

 時計の短針が、一つまわる。
 魔法使いは何もいわずに、ユリンを見守っていた。

 最近のことを振り返って考えた。思いつくのは、彼女のことばかりだ。
 市の隅々まで知っているのよ、と得意げになっていた。どんな生地がどんな服になるのか、楽しそうに教えてくれた。綺麗な食器の磨き方、鏡のふき方……。
 得意げにそういうことを話す彼女は、いつも偉そうで、それで楽しそうだった。あんなに生き生きとしたひとに、いままであったことがなかった。毎日が楽しそうだった。そして、それが当たり前だと思っていた。
 それが当たり前ではない、ということを思い出して、目頭がまた熱くなり、ユリンは目を押さえた。
 どうして、どうして、どうして、どうして。そればかりがぐるぐると頭を回る。
 コルトの言うことが本当だったとして……何で彼女はあれほど楽しそうに、家事の話ができたのだろう。
 それは、もうユリンには知ることのできないことなのだろうか。
 いや、違う。と、記憶の向こう側から、手招きする内なる声が聞こえた。慌てて扉を開けると、そこは初めてあった時のゴミ捨て場だった。 
 彼女はユリンに問いを投げかけた。そして、問いの答については、ほとんど確信していた。

『でも、好きなんでしょ、そういう雑事』

 何故?
 そこに至ったとき、なくしかけていた何かが戻ってきた。
 ユリンはまた一つ後悔を増やす。どうして忘れていたんだろう。どうして、忘れてしまっていたんだろう。すごく当たり前のことだったのに。
 自然と、口から言葉があふれた。
「……魔法使い、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」
 魔法使いは幼い妖精に、ほっとした表情を浮かべてやさしく頭を撫でた。
「わかればいいんですよ、わかれば。塔は、ユリン君がその気持ちを忘れない限りは、必ず貴方の願いの成就に力を貸します」
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、師匠」
 鼻水交じりとなってくる言葉に、魔法使いはまた、大魔術師の仮面を被る。しょうがない子だと口ではいいつつも、大魔術師はユリンにしばらく紙代わりに胸元を貸した。

おやま [BBZsJ-jBvcP-XzDuz-saovK] Mail 2006/02/10(金) 05:19:06

14.無知全能
「ユリンは……?」
 そっと寝室の扉を外から閉じたライに、鍋をおたまで混ぜながらエレンは声をかけた。寝室と台所兼食堂は扉一つで繋がっているのだ。普段ならば食事はライとユリンの交代制なのだが、今日はエレンが代打をかって出たのだ。長い銀髪は邪魔にならないように髪紐で結わえ、レースのついたエプロンを纏い、エレンは完全武装していた。
「泣きつかれて寝てしまいました」
 ライの言葉に、エレンは不安さを残すような、それでも安堵の気配のほうが強いため息をついた。
「夕飯はどうするって?」
「取りおきを残しておきましょう。しばらく起きそうにありませんから、あの様子だと」
 鍋の火を止め、エレンは食器から二人分の深皿とそしてクリスタルグラスを取る。
「どうする?」
 グラスとグラスのぶつかり合う音に、ライは肩をすくめてから頷いた。

 エレンは酒が好きである。辛めの赤葡萄酒が好きである。これに辛めのチーズがあれば何瓶でもいけると思っている。
 ライも酒が好きである。泡吹き麦酒を飲まないと一日の終焉を実感できない時期というのが数十年単位で存在したくらいに好きである。泡吹き麦種に塩枝豆があれば朝まで平気であると思っている。
 ここで二人にとって問題になるのは、預かり子のユリンである。
 二人とも模範となるべき大人である為に、ユリンの前では絶対にお酒を飲まないことになった。悪い酒の飲み方をした次の日、ユリンに介抱されるという事件が起こったのである。それ以来、あまりにも情けない己らを悔いて、二人はユリンがいる前では酒を飲まないことにしている。
 しかし、ユリンの視線がなかった場合は、話は別である。それは暗黙のルールであった。

 塔の中は陽が沈んでしまっても、壁に埋め込まれている輝石が光を放出する。さすがに昼ほどは明るくはないが、生活に困ることはない。輝石は見習いの部屋では必ず深夜を回るくらいに輝きを失うが、助手や講師以上の部屋では輝石は魔力の供給を切るまで輝き続ける。
 だから、塔の最上階でも何ら不自由することなく、エレンは赤葡萄酒のコルクを開けた。とぽとぽとグラスになみなみと注がれる赤い液体に、普段のエレンならば小躍りするくらいに喜ぶのだが、今日はため息をつくのを忘却するための酒だ。液体の流れる音以外は耳が痛いほどの静寂が部屋を支配していた。
「何とかいったらどうよ、あなた」
 チン、と二人はグラスとグラスで乾杯した
「何とか……っていわれても。いやー、久しぶりのお酒は美味しいですね」
「たしかにおいしいわ。……ユリンのおかげね」
 禁酒生活が続いたせいだろうか、少し口にしただけでエレンは頭に霞がかかったように錯覚した。
「まあ、本当の所をいうと何をいっても地雷を踏みそうだからできればエレンから口を開いてもらうとありがたいところです」
 いやー困った、と呟いてとライは頬をかいた。
「……さすがに今回のユリンのことは、自信をなくしましたわ」
 開いたエレンのグラスに、ライは相槌の代わりに酒を注いだ。
「ユリンの好きな彼女、見てくれは全然違うけれども、話せば話すほど、本当に母親に似てて……。やはり恋しいのかしらね」
「そりゃユリン君はここの塔の中にいる見習いの中で一番年上ですけれども……やっぱり、人間についていこうと精一杯背伸びをしているけれどもまだまだ幼い子です。本当の親が恋しいのは仕方がないことでしょう」
 そう突き放したことをいうライも、相当に寂しがっていることがエレンにも簡単に汲み取れた。長い言葉の後にライが何も言わずにグラスを飲み干したのがそれを雄弁に語っていた。エレンは口の端を上げて、空になったグラスに酒を注ぎ足した。
「そういうものだとはわかっているけれども、どうにもやりきれないわ。私はユリンにとってはいつまでたっても、一人の校長扱いかしらね」
「今日、一人の魔法使い扱いされた僕を前にしていいますか。できればユリン君とは師と弟子として話し合いたいところなのに、魔法使い扱いされてしまいましたよ」
 輝石の明かりこそが今のライには必要なんじゃないだろうか、とエレンは思いつつも、せめて黒ではない色に染めるのが共生者の務めとばかり、なみなみと彼の人のグラスに命の水を注いだ。
「日ごろ魔法使いの仕事をサボっているからバチがあたったのよ。魔法使いじゃないと世間に大々的に宣伝しているものだから、最近とんと依頼も引き受けていないじゃない」
 下手に慰めるよりも、不器用な魔法使いの反応をエレンは楽しむことにした。こう暗く落ち込んでいるものを他に見ると、自分の悩みが酷くばかばかしいことに思えてきてならない。
「そうですね。さぼりすぎですね。ええ。本当に。でも魔法使いに休暇くらいください。というか、今だって続行中の依頼がユリン君ともう一つ、あわせて二つもあるじゃないですか。ええ。まじめに働いていますよ、割と」
 グラスの底がやや強くテーブルに押し当てられた。中はもはやなく、エレンは楽しそうに微笑みながら、二本目の瓶にコルク抜きを差し込んだ。
「でもその二つとも……本当、自業自得じゃない。……魔法使いは、一つだけ自分の願いを絶対に叶えることができる。でも、その後は、必ず魔法使いとして頼まれた願い事は叶えなければならない」
「若い頃は、それでも一つだけ叶う自分の願いしか見えていなくて、その後のことは何も考えていられなかったんですよ。ユリン君はそうならないように、たくさんいろんなことを経験して、視野を広く持ってもらいたい……ああ、でも、魔法使いの師匠的にはまじめに修行しろと一点張りしておきたい」
 言葉に力が入ってきたライのグラスに、なみなみと赤い命の水を注ぎこむ。赤いから、未だに消えていなかった魔法使いの心に情熱の炎が宿るのだろうか。そうだとしたらロマンだな、とエレンは思いつつも、そんな言葉全然ライには似合わないと冷笑を浮かべた。
「ライがあの子のことを想って熱くなる気持ち……わからなくもないですけれども。人生投げ出す願いを叶える為にこうやって弟子にしているライも本当にろくでもない魔法使いですわね」
 ライは目じりから熱い液体が流れだすのを意思的に止めることもできなかった。
「何でも願えば叶う魔法を手にいれることができたのに、魔法使いそのものには魔法に魂を吹き込む願いが剥奪される。実に不自由だ」
「仕方のないことですわ、ライ。人間は神にはなれない。そして貴方は究極の一芸馬鹿よ、ライ。……全能なのに、自分の望みなんて無知なのですから」
 また、グラスに赤い液体が満たされる。この液体は、日ごろ口に出せない黒くて濁った重い固体のすべりをよくする潤滑剤の役目もあった。
  
 ユリンが目を覚ましたのは、アルコール臭のせいだった。気がつけば左に長い銀髪が、右にぼさぼさの灰色頭が目に飛び込んできた。寝室の明かりが消えていても、妖精には人間の見ることができないものが見ることができるのだ。
 長い長い情けない大人たちを軽蔑しきったため息の後、ユリンはベッドを抜け出して、サイドチェストの上に備え付けられている霧吹きを大人たちに向かって吹き付けた。中は校長自らが作製した消臭剤である。消臭剤そのものには臭いはないが、確かにアルコール臭さが大幅に軽減した。
 深刻の欠片もない大人二人の寝顔を見て、ユリンは少し安心した。夢の中のユリンは、二人にもうここにおいてはおけない、と外に出される夢しか見なかった。しかし逆の意味で考えると、自分の好きな人のことについて、この二人にとってはそれを肴に酒を飲む程度の話でしかない、ということでもあった。そう考えるとこの大人たちは本気で自分のことを考えてくれているのか、とユリンはあきれ返ってしまった。
 彼女と一緒がいいと思いつつも、塔から離れることなんて、絶対に考えられなかった。それが今の自分の限界なんだ、と思うとユリンは自分がとても情けなく思った。
 もっと大きくなってから彼女に会っていれば、ユリンは塔から出て行く決心がつけただろうか。いや、それでも無理だと結論した。たとえ塔から出て一人で生きてゆけるほど強くなれたとしても、彼女はそもそもユリンなんて眼中にないのだ。……コルトが嘘をついていなければ。
 ユリンはまだ未練がましくコルトが嘘をついている可能性を考えている自分に気づいて、呆れてため息を漏らした。そんな仮定は、実に無意味なのだ。
 彼女は好きだ。理屈でもない、理論でもない。損得があるわけでもない、慰みでもない。ただ、そばにいれてうれしかった。話をしていて楽しかった。秋が来て、竜で地上に降りてからの毎日は、世界は彼女中心に回っていた。それが永遠に失われたことを体が思い出して、またユリンの目が体の中の水の管と繋がって重くなる。
 魔法使いになりたい、と願った時の自分……忘れてしまった自分を思い出してしまった。だから彼女のことはあきらめないといけない。ユリンは心の中で、「あきらめる」という言葉を何度も何度も繰り返し唱えた。言葉が呪いとなって自分を縛ればどれだけ楽だろう、と雑念がその言葉を薄れさせようとちょっかいをかけてくる。それを必死になって振り払って、ユリンは小さく声にも出して、一つの言葉を繰り返した。どんなにどちらも大切にしたいとユリンが想ったって、自分と……そして、自分と彼女、両方を選ぶには、その手はあまりにも小さすぎた。理屈(あたま)ではなく、心と体がそれを理解してしまっているから、ユリンは嗚咽を出さずにまた泣いた。
 熱い涙を拭わないのが、彼女のことを忘れない為の供養になるとユリンは思った。
 そこで、ユリンは思い出す。
 彼女とこれから二度と会えなかったら、彼女はこれからどんな毎日を送るのだろうか。
 彼女は、血の繋がらない親子に苛め抜かれるのだろうか。いつしか凛々しい彼女の姿はなく、弱く背中を丸めて鼠のように震え上がり、年をとっておばあさんになってしまうのだろうか。それとも、彼女は彼女のまま死ぬまで負けないのだろうか。
 誰か何もできない自分の代わりに、彼女を不幸から守ってはくれないだろうか。それはご都合主義すぎるとユリンは願うのをあきらめた。
 
「ユリン……?」
 寝ぼけた声がベッドからする。不在に気づいたライのものだった。
「寝ます、師匠」
 ユリンは努めて平静時の声を装い、ベットの中にもぐりこみ、布団を被った。
 布団の中でもユリンの目は、輝きを失う様子はまるでなかった。

 ユリンは闇の中で未来を見る。
 彼女の未来の中にユリンは自分の姿を探しても見つけることができなかった。

おやま [BBZsJ-jBvcP-XzDuz-saovK] Mail 2006/02/11(土) 01:39:53

15.友達

「ユリン、昨日あれから……その、ほら、校長に酷いこといわれなかったか?」
 天井裏に現れたユリンに、言葉を選びながらコルトは話しかけた。全然ちゃんとしたものが選べていないコルトに、ユリンは砂糖の入っていないチョコレートのような笑みを浮かべる。
「今日この時間にここにいることで大体は察して」
「すまない」
 講師は素直に小さな妖精にあやまった。いつもならば、ユリンが馬車にのって街に下りる時間、ここにユリンがいる意味をわからないほどコルトもさすがに鈍くはなかった。
「……これでおあいこさまだよ、コルト。コルトの口が重い理由に全然気づけなかったしね」
 済んだ話だとコルトは考えていたが、そうユリンの口から言われるとほっとする。
「あんまり講師を道具扱いするなよ、事務員」
「そっちこそ、講師になったからにはちゃんと配布物に目を通して、書類はさっさと出すんだよ。見習いの時みたいに、締め切り踏み倒してから重要書類出されたらこっちはたまったもんじゃないんだから」
 ふん、と鼻で妖精は笑う。感情の色があまり反映されにくい、無機質なお人形みたいな妖精。ここ最近の浮かれた様子はすっかりなりを潜めてしまった。
 いろいろあったが、これで元の日常に戻るのだろうか。一体何を大魔術師と校長と話したのだろうか。コルトにも好奇心はあったが、それを口にしたくはなかった。とりあえずユリンがこうやって仕事を取り上げられる形で罰が下ったのは確かであるし。
 できれば、昨日の失敗やそういうものは全て次回の教訓に生かして、今回はさらに深手を負う前に切り上げたい。それが本当のところだった。
「で、コルト。重ね重ね申し訳ないんだけれども」
「なら申し訳なさそうな顔をしろよ」

 珍しく部屋の主が直々に茶を淹れ、そしてユリンの前に差し出した。ここに来て自分で茶を淹れないことは珍しい。つまり、やはり平静でいられないとんでもない頼みごとが出てくるんだろうか。本当にユリンの顔色に申し訳なさそうな色が浮かんで、コルトは自分の予想の正しさに一歩引いた。
「……聞くだけだぞ。いってみろよ?」
 申し訳なさそうな顔をしたまま、ユリンは服の裾から試験管を取り出した。中身は橙色の液体である。試験管のコルク栓には、コルトにはなじみのあるラベルが貼られていた。
「これ、ちょうだい」
 言うなり、ユリンはコルクを抜いた。
「……あのな、それが何だかわかっていていっているのか?」
 人間の多い街に突っ込んだ時よりもコルトの顔は青白い。
「昨日出来立てのふけ薬。ええと……一ミリリットルで十年ね……今この中には十ミリリットル入っているから人間だったらよぼよぼのおじいさんになるわけか」
 淡々と話すユリンに、コルトは声を荒げた。
「まだ精製と同定しただけで、生き物相手にも試してない! 悪戯で使うならあと三日ほど待て! な?」
 試験管の口を喉元に近づけるユリンに、コルトは一歩一歩、刺激しないようにそっと近づいた。
「それじゃ遅いんだ、コルト」
「もしオレの同定が間違っていて死んだらどうするんだよ!」
 自信満々でユリンはいった。
「大丈夫だよ。コルトが作ったものだし。それに僕が師匠の約束を破らずに魔術を使うには、大人になるしかないし」
「そりゃどうも……じゃなくて、お前は全然わかってない!」
 ほら、返しなさい、とコルトはユリンに手を伸ばした。ユリンはその手を振り払う。
「男には! どうしても逃げずにあきらめずに立ち向かわなければならない場面がある! 今がその時だよ」
 ユリンに気おされ、コルトが戸惑った間。ユリンは全て薬を飲み干してしまった。

 イルフェは正直今日は気分がよくなかった。講義を休もうかとは思った。しかし、今日は校長の薬学の講義である。校長の講義はそもそもあまり数がなく、一回でも休むと単位そのものが危ぶまれる。塔の階級は習熟度別に分けられているので、できの悪い子は同じ年でも低学年だし、できのよすぎるものはささっと単位を取って飛び級することもまた可能だ。イルフェは飛び級こそはしないが、受講した講義は必ずよい成績を修めているという自負がある。優等生たらんとする本人の性で、今日も彼女は講義に出ていた。ただ、髪を編む気力もないので、今日は亜麻色の髪を下ろしていた。
 相変わらず校長の番書は丁寧で、授業にすきがない。若い講師の授業ならば、教室中賑やかなものだが、校長の授業はペンの動く音とかすかな息遣いしか聞こえない。自己嫌悪するほど冷静さを欠いていた今、校長先生のような女性になれたらどんなにいいだろう。そんなよそ事を考えつつも手は自動的に板書を書き写し、校長の補足説明を書き加えていった。
 そんなとき、ふと手元に視線を向けてみると、机の上にインクしみができていた。知らない間にたらしてしまったのだろうか。イルフェがそれを紙のはしでふき取ろうとした時、インクが意思を持ったかのように机の上を流れ、インクしみが文字の形になっていた。
『講義が終ったら被服室で』
 イルフェは目をまん丸にした。回りを見渡しても、当然こんな魔術を使った人はいない。
「どうしました?」
 校長が振り返って、イルフェに声をかけた。どきりと飛び跳ねた胸を押さえつけながら、イルフェは何とか動揺を隠そうと試みた。
「す、すみません。羽ペンを落としてしまって」
 つぅ、と校長の紫眼が細くなる。ばれたのではないか、とイルフェは思ったが、校長は再び黒板に向かった。

 誰からのメッセージかわからないまま、こうしてイルフェは被服室に来た。もちろん、前もってこういう約束をしていたわけではない。
 イルフェが被服室の鍵を借りに事務所に顔を出してみると、鍵かけに被服室の鍵がかかっていた。本当は自分をからかう為の悪戯じゃないだろうか、と思った。でももしそうなら、何と手の込んだ悪戯だろう。そんな悪戯なら、引っかかってもいい。
 今日のイルフェは、いつもの予定調和よりも、少し違うずれを少しでも味わいたかった。そうしておかないと、昨日の人間の王様の部屋で言われたことが、ぐるぐると頭をめぐって離れない。
 何故、人間の王様の言葉がこれほどまでにイルフェの心を乱すのか、イルフェ本人は何となく理解はしていた。しかし、それをはっきりと明確な言葉になどしてやるものか、とも思っていた。
 イルフェは被服室の扉のノブに手をかけた。手ごたえは硬く、鍵がかかっている。いたずらだな、と思いつつ仕方なく鍵を差込み、扉を開けた。
 被服室の中は日ごろ被服室では絶対にしない背徳的な香りが充満していた。その香りに、思わずイルフェのおなかが反応し、鳴き声をあげる。慌てて誰も聞いていないかどうか確認するイルフェだったが、やはりマネキン以外の影も形もなかった。
 ほ……と、安心のため息をつくイルフェ。「ごめん、イルフェ。呼び出したりしちゃって」
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
 よく知ったユリンの声が天井から降ってきて、イルフェは飛び跳ねた。

 昼休みにルグルは大食堂にいかない時がある。スリルと伝説を作る為に、ルグルは食堂ではなく、台所から昼ごはんを上手く盗む時だ。だいたい機嫌のよい時はルグルは台所に忍び寄り、そんな気力もない時は仕方なく食堂でご飯を食べる。
 ルグルは今日は機嫌がよかった。よい理由も一つの噂話から、である。塔の見習い魔術師の噂話ネットワークは、実に早い。昨日のうちから回っていて、今日本人の顔を見て信憑性が増した噂は、ルグルの負の感情を大いに満足させるものだった。
 だから、ルグルは機嫌よさげに今日も台所から『見えない手』の魔術を使って、一人分の料理の乗ったお盆を取って、屋上までそれを持って運んでいる。
 塔は、一階一階にエレベーターが通っている。しかし、塔の最上部の校長と大魔術師の部屋の上には通じていない。そこで出番となるのが塔の外壁に生えている、外通路階段である。塔を取り囲む螺旋階段といえば聞こえがいいが、手すりなし、高度高い、風強い……と、風光明媚な場所というよりも度胸ためしの場所として塔の住民らに恐れられている。
 この外通路階段を利用するのは、塔の中でエレベーターを起動させる魔術を使うことを一切禁じられているユリンと、それから日ごろ魔術に頼らずに生活している校長だけだ。だからこその、絶好の穴場で、ルグルは好んで悪戯が成功した暁には、塔の一番高いところで昼ごはんを食べることにしている。
 しかし、今日は先客がいた。
「何でー」
 びっくりして転びそうになったが、何とかルグルは低姿勢でバランスをとった。お盆の上に載っている飲み物の中身が、空中で玉となって、降り注ぐがたいしたことはない。たいしたことがあったのは、ルグルの頭にのっていた南瓜が、急に低姿勢になったルグルの動きについていけず、頭から外れて先客のほうに転がっていった。あ……と、ルグルが声を上げるよりも早く、南瓜は転がっていってしまう。
「久しぶり、ルグル・ルーグルグルグラッツ」
 これが噂の南瓜か、とつぶやいてルグルと同年代の少年は南瓜を拾い上げた。ルグルは自分のオリーブ色の頭をくしゃくしゃに掻いた。
「ああ、今は教師面するつもりはないから。ん? どうしてオレがここにいるか? ここが待ち合わせの場所なんだ。なので、全然オレのことは置物だと思って昼飯食ってくれ」
 何て迷惑な待ち人なんだ、とルグルは心の中で悪態ついた。口に出しても出さなくても筒抜けだが、目の前に急に現れたコルトに心を無にして立ち向かうのも難しい。
「確かに置物は心を読んだりしゃべりもしない、という風に人間は捉えているな。待ち人は、ものだって人の心をとらえたり、嫉妬したりするものだといってたな。それが幻想か、それとも本当なのか……オレにゃイマイチわからんが」
「よーくわからなーいけど、おひさしぶりー、イドン……先生?」
 コルトは深く深くため息をつく。
「いつまでその疲れるしゃべり方をする気だ、ルグル」
 やれ、ルグルは肩をすくめた。
「それもそうだな、コルト。お前がまさか外に出てくるなんて思ってもいなかった。おかげで昼飯がまずくなった。何とかしろ」
 その何とか……の内容がわかってルグルはさらに深いため息をついた。
「懲りないやつだな。……今は相手にしてられんよ。勝負にならないだろう? 今はメシくっとけ。多分……オレの待ち人はお前にも用があると思うし、お前の望みは待ち人がかなえてくれるだろ。多分」
 どうしてこうも好戦的な奴に用があるんだ、とコルトは今はいないユリンに悪態をついた。
 こういう謎めいた言い方をすれば、いくらルグルが自分のことを嫌っていても、ここにとどまらざるを得ないこと知って、コルトは押さえた。
 現に、ルグルは文句も言わずに盗んできた食堂のご飯をあさっての方向を見ながら食べ始める。つられてコルトも空を見上げた。久々に見た空はどこまでも青く透き通っている。やがてこの空も遠くなり、冬が来るのだろう。
 今でこそそこそこうまい具合に要領よく悪さをするようになったが、ルグルはかつて見習い魔術師の年少組を代表する武道派だった。どこぞの上級生が決闘が強いという噂を聞けば、魔術戦を挑むのだ。
塔の中では魔術戦は禁止されている。ただし、教師の立会った場合は模擬戦のみが認められている。見習い魔術師同士でも、本気で魔術を使えば命のやり取りに発展しかねない。だが、地上に降りて宮廷魔術師になりたがるものや、まだ地上に残る魔王の手下の魔物退治を希望するものは、模擬戦で己の魔術の使い方と判断力を磨く必要がある。そこで仕方なく大魔術師と校長も模擬戦を認めたのだった。しかし、ルグルはそんな手順は全てすっとばして片っ端から戦いを挑み、ぼろくそに負けたり、勝ったりしていた。その処罰のせいもあって、ルグルはコルトよりも三年前に塔に来たというのに、まだまだ卒業まで遠い。
 この調子で卒業できない魔術師見習いの伝説を作る気なんじゃないだろうか、とコルトはため息をついた。

「ユリン……?」
 こくり、とイルフェの目の前の妖精は頷いた。
 ヒュンと長く尖った耳は、確かに塔の中にいる人型の生き物の中でもユリンにしかない特徴である。しかし、イルフェの知るユリンという妖精は、人間でいうと学校に上がるか上がらないかくらいの幼い妖精なのである。断じて、自分よりも背の高い妖精ではない。……しかし、感情の見えにくい人形のような顔に、色の薄いサラサラな金髪、浅い海色の瞳はユリンといえばユリンっぽかった。
「どうしたの?」
「コルトの作ったふけ薬を飲んだんだ」
 まじめな優等生なイルフェはこんなことを言ったら怒る、とユリンは予想しているようで、そっぽを向いていた。しかしイルフェはおなかの底から笑い出した。
「あはははははははははははははは! もう、ユリンったら、ユリンったら馬鹿なんだから! ところで何年分飲んだの?」
 おかしくて涙まで流して、イルフェは笑った。
「二百年分」
 その数字がまたイルフェの笑いのつぼを敏感に刺激する。
「に、にひゃくねん? あははははははは! ひー、おかしい……」
 おなかを押さえてイルフェが笑うのに、ユリンは憮然とした表情になった。
「で、イルフェ。お願いしたいことがあるんだけれども……」
 ひぃひぃ言いながら、イルフェは頷いた。
「わかってる、わかってる。着る服がないんでしょ? すぐにできるし、作るわ」
 ユリンの顔がぱっと輝いた。
「本当? 話が早くて助かるよ」
 イルフェは自信満々でウインクする。
「私はこう見えてもお針子の娘よ? 服を欲しがっている人を見たらすぐにわかるわ。何色? どんなのが欲しい?」
「見た目が全力で魔法使いだ! っていうのを主張しているような服を一つ。でもその前に見て欲しいものがあるんだ」
 ユリンは、まずポケットをつまみあげてから、もう片手でしわを伸ばされ綺麗に畳まれた紙をイルフェに差し出す。
 イルフェは差し出された紙を広げた。
「型紙ね。ドレスの。……かなり見事なものだわ」
「やっぱり」
 ユリンは合点がいったかのように頷いた。
「どうしたの? これ」
 イルフェに必ず聞かれることは、ユリンにもわかっていた。だから、イルフェには全て話そうとここに来る前に決めていた。
イルフェは聞いてはいけないことを聞いてしまったのか、と少し後悔した。ユリンの顔が目に見えて曇ったからだ。その奥歯を食いしばっているのが、見ていてわかって、イルフェは言葉をこぼした。
「……やっぱりいいわ」
 え、とユリンはイルフェの顔をまじまじと見つめる。前までユリンとイルフェが顔を合わせようとおもったら、ユリンが顔を上げないと無理だった。でも今はイルフェがユリンの顔を見上げないといけない。
「だって、聞いても多分私のすることは変わらない。服のないユリンの為に、服を織る。それから……このドレスも、欲しいのね?」
 イルフェの問いかけに、ユリンは破顔し、年相応の幼さを見せて精一杯頷いた。
「うん!」
「お客様の注文に答えるのが、針子の娘としての私の意地よ」
 にっこりとイルフェは笑った。
「ごめんね、イルフェ。お昼休みの時間を削ってもらって」
 イルフェは首を横に振る。
「ルグルに、それから……やっぱりいいや。まぁ最近私もいろいろあったわ。それでいろいろ考えたの。どうして私がこの塔にいるのか。
 私がここにいるのは、ここにいる誰かの役に立つためよ。だから、私はユリンの役に立ちたい」
 手首にまいた髪紐で、イルフェは自分の長い亜麻色の髪を束ねた。
「でも授業は休みたくないし、ちゃんとご飯は食べたいから、さっさとやるわ。立って」
「本当にありがとう、イルフェ。この借り、僕もイルフェが僕のことを必要にしてくれたときにちゃんと役に立つよ!」
 精一杯の子供なりの謝意を込めた言葉に、イルフェは頷いた。
「その時を楽しみにしているわ」
 イルフェが自分の言葉を実行するには、実にてきぱきとした段取りが必要になる。
 昼休みの時間は一時間。ここに来る間に十分経過してしまっているから、後五十分しかない。
 手早く二百年後のユリンの大きさに、マネキンの螺子を回し大きさを合わせる。
 五十分しかないとはいっても、イルフェは自分の仕事に手を抜くことはしたくなかった。
イルフェにとって、自分の誇りは今こそ腰の棒杖一本で示さなければならない。それが、ルグルの指摘に対する答だと信じて疑わなかった。
「色の希望は?」
「見た目で魔法使いだ! って思う色。……ああ、でも灰色は遠慮して。師匠と被る」
「そこまで細かい注文つけるなら、これで色を手早く選んで頂戴」
 引き出しの中から今ある糸の見本を張りつけた台紙を取り出し、ユリンに手渡した。実に百近い色の糸が張り出されてある。
「こんなにたくさんあるの……」
「そうよ。教師はその中から好きな一色を選んで注文していくわ」
 またイルフェは引き出しに向かった。今度は布の入っている引き出しだ。ドレス用の絹にどれがいいか……イルフェはほとんど迷わずに目当ての布を引き出した。すみれ色の絹の生地は、部屋の明かりの前に光沢を帯びていた。
「その生地……」
 裁縫台の上にのせられた生地に、思わずユリンは声を上げた。
「こういうときに、ユリンは買ってきたんでしょ? 今使わなくていつ使うのよ」
 絹の生地を転がして広げ、イルフェは型紙に棒杖の先を当てた。
「貼り付け」
 棒杖の先からあふれたイルフェの見えない手が、素早く型紙を生地に張り付かせる。まち針で一つ一つ留める時間も惜しい。
 続いて、手は裁ちばさみに向かった。型紙をなぞるように布を切るよう、過去の大先輩が作った裁ちばさみ。込められた魔術を発動する為に、イルフェははさみに刻まれた魔力の路に棒杖の先をあてがい、自分の魔力を込めた。それだけで生き物のようにはさみが与えられた魔術を発動させた。とたんに、はさみは意思を持つかのように、ちょきちょきと絹に刃を滑り込ませ、従順に仕事を開始させる。
「何色?!」
「白!」
 イルフェの有無を言わせない言葉に、ユリンは答えた。
「はい、白ね。白だけだったら地味だから、裏地の色は派手目にしておくわ」
 手早く糸車に白と、それから紫色の糸をかけて回るイルフェ。
 ユリンは時間を気にしているようだった。時計を作業を始めて十分経過していた。
そんなユリンはいないもののように、イルフェは集中した。棒杖の先を糸車らに向けて深く息をすいこんだ。世界が自分と糸車の二つだけになるように集中するが、どうも像が結べない。
「イルフェ、頑張って」
 当たり前だ。そうだ。自分がやらなきゃ誰がやる。イルフェは自分に、できる、できる、できる、できる、とまじないのようにつぶやき、もう一度息を吸い込んだ。今度は確かに、糸車と自分しか見えなくなる。自分の魔力が手の形になるように集中し、イルフェは無数の人のものの形をしていない手に命じた。
「行け」
 
 長衣ができたところでも、イルフェの仕事としては半分しか終っていない。
 出来上がった長衣をマネキンから脱がせてユリンに手渡す。
「ちゃんと合うかどうか、今確認してね。あと帯とか飾りとかも欲しかったら、あっちの棚に入っているからそっちを見ておいてね」
「うん。ありがとうイルフェ」
「まだ礼をいうのは早いわよ」
 こくこくと何度も頷くユリンを尻目に、イルフェは使った糸車はそのままにして、マネキン人形を拉致し、裁縫台に向かった。はさみは仕事を終えてくたりと休んでいた。
 イルフェは改めていい仕事だ、とため息をついた。型紙の大きさから大体の型紙を書いた人の大きさを推理し、マネキンの螺子をいじった。ドレスはぴったり入らないと意味がないのだ。
 次にイルフェは紙に絵を書き始めた。実際のドレスの完成図のイメージだ。頭だけでそれを浮かべられればいいが、型紙の数からそれを正確にやるのはイルフェにも至難の技である。失敗したら次のない時間だからこそ、イルフェは慎重に絵を描いていった。
 イルフェの背中を見つめながら、ユリンは不思議に思った。どうしてここまでしてくれるのか。……今までのイルフェの気遣いは、親切心だと思っていたし、裏を返せば本人の精神衛生上な理由だと思っていた。しかし今日は日ごろのおせっかいとは違った情熱をそのスタイルから感じた。
 何があったのか、聞きたいとは思ったが、イルフェが自分に対して何も聞かなかったのだから、自分も何も聞かないことにしよう。ユリンはそう思って、何も言わずに飾りを選んで、隅っこでこっそり着替え始めた。

 時間を見ると、休みが終る十分前であった。イルフェは自分の見習い魔術師の長衣の裾で、額の汗を拭った。
「完成よ」
 ユリンの拍手を浴びて、イルフェはくすぐったい思いだった。
「よくこんなに短時間でここまですごいのを……。本当にありがとう」
「日ごろの感謝よ、ユリン。あと、ここには宝石や飾りの類はないから、そこを何とかするつもりだったら、後は自力で何とかするのよ」
 コルトよりもずっと教師っぽく大人びた言葉にこくりとユリンは頷いた。
「多分、そっちは何とかなるけれども……日ごろ服と無縁だから本当にこういうのは僕にはどうしようもなかった。あらためて、ありがとう」
「どういたしまして。で、一つユリンにお願いがあるの」
 にっこりとイルフェは笑った。
 ユリンもつられて少し笑った。
「うん、何?」
 イルフェは、マネキンからドレスを脱がす。手袋まで一式そろった新品のドレスの絹掠れの音が被服室に響く。脱がしながら、イルフェは少しずつ、覚悟を決めていった。
 ドレスは大きな紙袋に丁寧に畳んで詰め、それをユリンの前に届ける。
 改めて、ユリンは大きくなったとイルフェは思った。じっとイルフェの顔を不思議そうに見下ろすユリン。にっこりと笑ったままそんなユリンを見上げるイルフェ。
 イルフェは何も言わずに、ユリンに抱きついた。
「え……」
 不意を疲れて戸惑うユリンに、イルフェは出来立ての長衣にしわをつけないように気をつけながら、距離を近づけた。
「お願い、少しだけでいいから。こうしていて欲しい」
 戸惑ったまま、ユリンは何ができるのか、考えて一つの答を出した。
 ユリンは、そっと優しくイルフェの頭を撫でた。
「よく頑張りました」

 イルフェは自分の中で一つの終わりが欲しかった。そうしないと、日常の中で、昨日受けた一つの言葉を傷として抱えてずっと生きていかなきゃならなかったから。
 コルト・イドンは嫌なやつだ。決定的な終わりまであの人間の王様は運んできてしまった。
 二百年後のユリン。この子と一緒に、毎日散歩に出られたらどれだけいいだろう。毎日天気の話をして、それで時々手をつないで歩いて、抱きしめてもらって、毎日唇を合わせて。
 でも、自分はそこまで生きられないのだ。
 ユリンと初めて会った時、小さくても先輩だと思っていた。でも、いつからだろうか。子供だと思ってみていたのは。
 もし、本当にユリンに対する気持ちが、そういう自己欲まみれのものでなく、本当に恋だとしても……。一緒には生きられない。イルフェはどうしようもなく、人間なのだ。
 抱擁は暖かかった。
 ユリンの笑顔はまぶしかった。
 でも、それは全部イレギュラーなことで、正しくイルフェが手に入れられるものではないものだったのだ。
 口の中でイルフェはつぶやいた。
 さようなら、どこにもいない私の恋人。
 ユリンに見られないように、顔を伏せてイルフェは一筋流れた涙を拭った。

「……どうするんだ? 授業はじまっちまったぞ」
 コルトの言葉に空の食器を指で回すルグルは答える代わりに、食器を回し続けた。
 コルトはコルトで南瓜を指でまわした。意外と重量があって、なかなか上手くはいかない。
「お待たせ」
 ひょっこりと金色の頭が塔のてっぺんを覗き込んで、それから飛び跳ねた。
「おお、いい感じにルグルもいるね」
「ああ、ルグルが丁寧にユリンが来るのを待っててくれたってわけだ」
 待ち人はやっぱりユリンか、とやっぱり当たり前な回答だったとルグルはため息をつこうとしたが、喉からでかかった息が胸でつかえた。
「げふげほごほ!」
「イルフェよりもずいぶんいいリアクションだね」
 驚かれた当人は実に秋の陽気に当てられたのかのほほんとしていた。
「何で大きくなってんの!? というか大きくしちゃっていいのコルト・イドン!?」
 コルトはやれやれと肩をすくめた。
「まぁ、待て。ルグル。まぁぱっと見たらオレが大きくしたように見えるが、オレが大きくしたんじゃないからな。こいつが勝手に伸びたんだ」
「水と太陽光で?」
 真剣そのものの表情でまじめに聞くルグルに、ユリンもコルトも噴出した。
「いや、むしろ肥料だな……」
「まぁ僕の育成計画なんてどうでもいいんだ」
 ルグルに用があるんだ、とばかりユリンはルグルをじろりと見た。ルグルは気おされもせずに、むしろユリンに興味津々に観察眼を向けている。
「いや、ちゃんと最初からユリンを育成したいぞ。うん、まじで。きっとユリン育成シュミレーション鉢植えを作ったら主に女の子を顧客層としたマーケティングが展開できる」
「俗物め」
 絶対零度のまなざしをユリン本人から向けられても、ルグルは口笛を吹いた。
「オレっちの機嫌を悪くしていいのかーい? ユリン。明らかにユリンはオレっちに用があるんだろ?」
「コルト。ルグル口説き落とすのに一番いい方法は?」
 コルトはため息をついた。
「人道的な方法だったら、拳で決着かな」
 ユリンは目をぱちくりさせた。
「人道の意味知ってる?」
 コルトは固めを伏せた。
「非人道的な方法だったら、王様が命じればいいかな」
 南瓜がないから、最近あまりよく見えなかったルグルの顔色が露骨に悪くなったのがユリンにも、コルトにも見て取れた。
「冗句だろ?」
 乾いた声色のルグルに、コルトはにやりと笑った。
「冗句だ……。まぁ、ユリン。本当に昔の付き合いから考えても、こいつに言うこと聞かせるには実力行使が一番だぞ」
 ぽんぽんと背は伸びたがそれでも自分にはまだ届かないユリンの肩を叩くコルト。それからユリンの肩ごしに低く囁くのだ。
「それからルグル……。学校で伝説を作りたいんだったら、これはめったにないチャンスだ。お前生きているうちにユリン相手に本気の模擬戦できると思っているか?」
 その一言でルグルの耳がぴんと立った。ああ、やる気になった……よくないよ、とばかりにユリンはため息をついた。
「……コルト・イドン講師の立会いで?」
 まともに後のことも考えたルグルの言葉に、コルトは頷いた。
「もちろん。……いいだろ? ユリン」
 仕方ないね、とユリンは肩をすくめた。ユリンが乗り気なのが、またルグルには希少価値が上がってうれしい。
「おい、コルト。棒杖かせ」
 はいはい、とコルトはルグルに棒杖を放り投げた。
「大切に使えよ」
 コルトはルグルよりもむしろユリンに言い聞かせた。
「ユリンは杖を使わないのか?」
「必要ないよ」
 余裕の言葉に、ルグルは口笛を吹いた。
「位置はそことそこから。一発相手にクリーンヒットを食らわせたほうが勝ち。場外はもちろん負けだ。……てーか、落ちるから外には逃げるなよ」
 二人は審判役のコルトの一言に頷きあった。
 ルグルは足でリズムを刻みながら、ユリンに棒杖の先を向ける。足のリズムは、ルグルの心音のリズムだった。ルグル自身という可能性を読み解くように、ルグルは魔術を使ってくるつもりというのが、ユリンにはよくわかった。
 いつもならば魔術の使えないユリンは相手になどしてもらえない。だから、本気を出してちゃんと自分の魔術一つ持って向かってくるつもりのルグルはありがたかった。
 ありがたかったが、それと勝敗は別だ。必ず勝たなければならない理由が、ユリンにはある。
 ユリンの視線は、ルグルよりも塔そのものに注目していた。
 コルトが手を挙げる。それをおろしたら、始まりだ。
 ルグルは模擬戦のクセの通り、片足を引いた。
ユリンは型も何もなく、ただぼうっとした様子で佇んでいた。
 ルグルにしてみれば、ユリンの様子が気になるといえば気になるのだが、相手がわからぬ以上、自分の本気で徹底的に叩きのめすのが筋だと思っていた。
「はじめ」
 コルトの手が下ろされた。

「卑怯者……」
 ぼそり、とグチのようにルグルはつぶやいた。
「これも立派な魔術だよ」
「いやだからまさか何で塔に組み込まれている防衛魔術使うの?! これ使えるのって本当大魔術師だけじゃないの!?」
 ルグルは自分の眉間を押さえて呻いていた。
 始まった瞬間に、ユリンが短い塔そのものに語りかける言葉を唱えた瞬間、ルグルの使おうとしていた魔術が暴発し、杖が高く飛び上り、ルグルの眉間を強く打ったのだった。
「塔の妖精と仲直りしたんだ。……まあ小さい時の僕は魔術が使えなかったから、塔の妖精に必死にお願いしないとこういうことはできなかったけれども……お願いするのに代価に自分の魔力の支払いができると、ごらんの通り」
「反則だ!」
 声を荒げるルグルにコルトは思案顔だった。
「でもなぁ……。塔に組み込んである魔術式を使うな、ってルールには決めてなかったからな。あきらめろ、ルグル。そして観念しろ。オレからもお願いだ。
 これからユリンは一世一代で男の戦いにいくんだ。その為に、いろいろ手を貸したり背中を見送ったりするのも友としてのなんとやらだろ。この間大魔術師も講義でそういっていたじゃないか」
 ルグルは頬を膨らませて座り込んでしまった。
「何をオレっちに頼むつもりなーのさー?」
 とりあえず話を聞いてもらえるようで、ユリンは肩をなでおろした。
「塔から外に出る手段を提供して欲しいんだよ、ルグル」
「竜鈴はー?」
 ルグルの問いにユリンは首を横に振った。
「ふうんー。ユリンも一人前に悪さをしたんだなー」
「それでこれからも悪さをしに行くところなんだ。悪さの協賛者になってくれないかな?」
 ユリンの申し出に、ルグルはにやりと笑った。
「胸ががくがくぶるぶるしそうな誘惑だなー。つまり南瓜が欲しいーんだなー」
 ユリンは頷いた。
「南瓜はー全部たべちまったから予備のストックはねぇぞー」
「これは?」
 コルトが手でもてあそぶ南瓜に、ルグルは渋い顔をした。
「オリジナルを貸せってか?」
 こくりとユリンは頷いた。
「馬は付け焼き場な僕の魔術でも何とかなったけれども、箱馬車は作れなかったんだよ」
 じーっと、ユリンに期待のまなざしで見つめられてルグルは困ってしまった。
 ここまで期待されることは、久しくなかったことだ。
「コルトにー頼みたいことがー」
「オレの耳に入ることだったらな。罰則の軽減は正直新米講師のオレにどうにかなる問題じゃないぞ」
 ルグルは首を横に振った。
「……やっぱりいいや。で、馬車がいるんだな、ユリーン。何するつもりかわからんが、気をつけていけよー」
「やった!」

 飛び跳ねて喜ぶユリンに背を向けて、コルトはため息をついた。同じように、ルグルもユリンに背を向けてしまっていた。ユリンに余裕がなくてよかった、と心からコルトは思った。
 コルトの注意を引き外に連れ出す為に作ったカボチャの箱車だが、コルトが自分からこうやって外に出てきて、顔を見せてくれてよかった。元気そうでよかった。
「恥ずかしすぎる……」
 人間の王様は、頬を真っ赤にしてため息をついた。

おやま [BBZsJ-jBvcP-XzDuz-saovK] Mail 2006/02/11(土) 20:02:04

16.魔法

 魔法。それは決して自分の為には使えない奇跡だと、嘘つきの魔法使いは言う。

 日が暮れていくことに今日ほど絶望したことはなかった。
 彼女は今も一人で屋根裏部屋で途方に暮れていた。叫んでも、殴りつけても、補強された扉や窓を破ることは今日まで叶わなかった。
 父は最近ずっと家に帰っていない。王子様の婚約者選びのパーティのしたくで、家に帰る暇すらもないのだ。だから、家の支配者らは自分を閉じ込めた。
 今日が来れば、必ず何か道が開ける。
 そう思って彼女はここ一月頑張ってきた。
 今日という日について何も期待していなかった。国の全ての十五歳以上の女の子に招待状が配られるが、絶対に自分の出席は継母と義理の姉が許さないとあきらめきっていた。
 それでも、あの子にあってから、もう少し頑張ってみよう、と心を入れ替えた。
 今日絶対にパーティに行くんだと誓ってすごした日々は楽しかった。こっそりと家を抜け出すことも、こっそりと自分のドレスの構想を練るのも、楽しかった。こんな楽しみはあの子がいなかったら思い出すこともなかっただろう。
 懐かしさの扉を開いたあの子のおかげで、自分はちょっとはマシになったのかもしれないな、と彼女は沈み行く夕日の破片を眺めながら思った。
 このまま夜が来て、自分はどうなるのだろう。奴隷のようにこき使われる日々に、人間としての尊厳を持って立ち向かえるのだろうか。自分のことでも、彼女はまるで先のことがわからなかった。
 そして、今日という日が終るまでは、先のことなんて絶対に考えないでおこう。そう、誓った。
 誓いを破らない為に、彼女は楽しいことばかりを考えた。
 考える夢は、全部未来ではなくて昔のことばかりだ。昔、母が生きていた頃。
 母が生きていた頃一回だけ、社交界に出ることを許された。親の挨拶周りに付き合わされるのはこりごりで、やっぱり自分には貴族の娘なんて向いていなかったんだな、と思っていたとき、すばらしいものに出会った。
 お城の庭は、自分の家の庭よりもずっと大きくて、開放的だった。だから、ついつい男の子たちと遊ぶように、彼女は生き物を探してしまったのだ。それからの数時間を、また彼女は再生させる。
 彼の人のことを思って今日が終るなら、それもいいだろう。そんなことを考えながら。
 そんな彼女の世界は、一つのノックの音で簡単に壊れた。

「誰……?」
 今、家には誰もいないはずだ。家には女の使用人はもちろん、男の使用人も暇を出していていないはずだ。それなのに、誰がここにやってくるのだろう。
 いや、……誰が家の中の屋根裏の扉を叩くのだろう。
 鍵がかかっているはずなのに、鍵の止め具が外れる音が聞こえた。
「僕だよ、シンデレラ」
「ユリン君?!」
 彼女……シンデレラはびっくりした。まさかあの日の彼の人にそっくりな、あの子がここに来るなんて、夢の斜め四十五度からとび蹴りが入るようなことが現実にありうるなんて思ってもいなかったからだ。ランプでない明かりを掲げて屋根裏部屋に入ってきたのは、確かに塔の人の特徴的な長衣を纏って、すっぽりと頭巾を被った人だった。
「ユリン……君、なの?」
 信じられないと、小さくシンデレラは呟いた。
「まあ僕でも信じられないけれども。しばらく見ない間に大きくなったでしょう?」
 くるりとユリンはその場で一回まわってみせた。
 確かに大きい。シンデレラは腰くらいの大きさしかない子供が、どうしたらたった三日くらいの時間で自分と同じくらいの背まで伸びるんだろう、と考えて笑った。服もいつも着ている緑色のものじゃなくて、白くて上等なものだとわかった。ユリンはユリンなりに改まった用事があってここにきた、ってことは魔のつくものにうといシンデレラにも理解できることだった。
 塔の子供なのだ。魔のつく不思議な力を使ったのだろう。とっておきの幻想だ。
「助けにきてくれたの? ありがとう、ユリン君。でも、あたし……」
 ここを出てもどこにもいくとこない、という言葉をシンデレラが口に出す前に、 ユリンは首を横に振った。
「……今日は僕はユリン君じゃない。今日は魔法使いだよ。シンデレラの願いを叶えにきたんだ?」
 突拍子もない言葉にシンデレラは目をぱちくりさせた。
「願い?」
 ユリンはこくりと頷いた。
「綺麗なドレスを着て、王子様に会いに行きたいのでしょう?」
 シンデレラは迷うことなく頷いた。
「その願いを叶えにわざわざちゃんとそれのできる用意して来たから」
 ユリンは持ってきた大きな紙袋をシンデレラに差し出した。
「これは……」
 シンデレラは言葉を飲み込んだ。ユリンのつれてきた光の玉に照らされた中身は、すみれ色のドレスだった。
「代われ」
 思わず言葉をなくす彼女にユリンはコルトから借りてきた杖を振った。イルフェのように音なく魔術を使うことはできないけれども、それでも衝撃を伴わない少しの空間破裂音だけで、ユリンの魔術が発動した。ぼろぼろでもう何日もそれ一枚で過ごしたシンデレラのエプロンドレスがそのドレスと交換された。
 ユリンは呆然としたシンデレラの手を引き、下の階へとエスコートする。
 ユリンの導いた先は、大きな大きな継母の鏡の前だった。
 本当にドレス姿になっている。シンデレラは夢じゃないかと自分の頬をひねったが、確かに痛い。夢ではなかった。
「どう?」
「すごいわ」
 シンデレラの言葉にユリンは頷いた。
「次は、宝石や飾りをつけるよ。……目を閉じて、どういうものが欲しいか思い浮かべてね」
 言葉通りにシンデレラが目を閉じた。ユリンはシンデレラの額に軽く触れる。軽く魔術の言葉を口から歌うように紡ぐと、何だかシンデレラの頭が重くなった。
「いいよ」
 うっすらと瞳を開けて、シンデレラは息を飲んだ。
「まるでお嬢様みたい」
高く結わえられた金色の髪は、白銀の白鳥の留め具で綺麗にまとめてあり、あちらこちらに真珠を散らしてある。首元には、虹色の鱗の首飾りがかかってあった。
「完璧だわ」
 義理母に取り上げられてしまった実の母の形見の首飾りを、大切そうにシンデレラは指先でなぞった。
「えへへ……。でもまだ驚くのはこれからだよ」
 ユリンはシンデレラを連れて外へ誘った。
 外を見て、シンデレラは息を飲んだ。立派な御者と箱馬車が待っていたからだ。
「お嬢様一人がお城に上がるのも変な話だしね」
「本当、何から何までありがとう、ユリン君」
 ぎゅっと彼女がユリンの手を握った。ユリンはその手を握り返した。
「僕にできるのはこんなことくらいしかないからね」
 本当に伝えたい言葉を飲み込むのに、ユリンは思わず苦さのあまり涙を流し相になる。しかし、苦さに負けないように懸命にこらえて、笑顔を浮かべ、さらに彼女を誘った。
「さあ、外に行こう。この靴を履いて」
 ユリンはシンデレラの前に、透明で硬質な靴を二つ並べた。今までこんな靴など、もちろんシンデレラは見たことなかった。
「この靴は?」
 ユリンは声を上げて笑ってから、自信満々で答えた。
「この靴は、魔法の靴だよ。持ち主を不幸から守ってくれる……」
「本当に?」
 ユリンは頷いた。
「魔法使いの魔法に、嘘は一つもないよ。でも、僕は見習いだから時間制限がある」
 大事な話だからよく聞いてね、とユリンはまじめな顔をして囁いた。シンデレラは夢のような時間に浮かれる気持ちを押さえつけて、頷いた。
「明日になったら、シンデレラは元の灰かぶりに戻ってしまう」
「わかったわ。それだけで十分よ」
 本当ならば得られなかった機会に、シンデレラは強気に笑った。
「シンデレラ、お礼を言いたいのは僕のほうなんだ」
「あたしに? あたしはユリン君に何もしてあげられていないわ」
 ユリンは首をぶんぶんと横に振った。
「とんでもない。……シンデレラはいったよね。僕に感謝しているって。僕こそ、シンデレラに感謝しているよ。
 あのね、僕は塔で働きながら修行しているんだ。そんな中で、僕は自分を殺して勉強したり仕事をしたりすることしか考えられなくなっていた。それは本当につまらない日々だったよ。でも、本当にマズかったのが、それがつまらないってことがわからないことだったんだけれどもね」
「わかるわ」
 淡々とつむがれるユリンの言葉にシンデレラも頷いた。シンデレラも、ユリンに会って思い出すまで忘れてしまっていた。
「シンデレラが、僕の名前を聞いてくれた時……。実は、僕が僕を意識するのは本当に久しぶりだったんだ。
 妙な話だけれども……それまで、僕は、自分のことを話すこともなかったし、僕がどうしたいのかなんてこともいうこともなかった。いつも、僕という主語が僕の中から消えていたし、それがどれだけマズいことなのかもわかってなかった。
 思い出させてくれて、ありがとう」
 シンデレラは俯きもしなかった。シンデレラは、誇らしげに胸を張って、ユリンの言葉を確かに受け止めていた。
「できすぎた子すぎるのよ。貴方は」
「僕のお母さんもそういうかな?」
「もちろんよ」
 根拠の有無なんて、ユリンにはわからなかったが、ただ、笑った。
 シンデレラは久しぶりに外に出る為に、靴を履いた。まるで彼女の為にそろえられたかのようにぴったりだった。
「足は痛くない?」
「ええ、平気よ」
 ユリンはシンデレラと一緒に腕を組んで馬車まで歩いた。この道のりが、もっと長ければいいのに。
「外にとうとう出ちゃったわね。さすが魔法使いさん、あたしの願い事が簡単にかなえられちゃったわ」
 箱馬車の扉がシンデレラの為だけに開かれる。
「……まだ終ってないでしょう?」
 続きがあることを知っているユリンの言葉に、シンデレラは意味ありげに笑う。
「これから先も見ていく?」
 ユリンは首を横に振った。
「これから先は、人間の物語の舞台だもの。無理やり背伸びをした魔法使いは素直に退場しておくことにするよ。……でも、舞台袖からじっと見ているから。劇が終るまで。
僕は、シンデレラのファンだからさ」
 おどけてユリンは肩をすくめてみせて、さらに言葉を続けた。
 シンデレラが馬車に乗り込んだ後に、何よりもずっとシンデレラと一緒にいたいと願ってしまうユリンの手が、馬車の扉を閉じた。
「最初に願いを叶えた人が、シンデレラでよかった」
 シンデレラは馬車の窓から手を差し出した。
「本当にありがとう、ユリン君」
 ユリンはその手を取って、うやうやしく口付けをした。
「さよなら」
 ユリンの手と、彼女の手が離れた。絡まりあっていたユリンの視線と彼女の視線も、離れた。

 馬車が、ゆっくりと走り出した。ユリン一人を置き去りにして。

おやま [BBZsJ-jBvcP-XzDuz-saovK] Mail 2006/02/11(土) 20:03:53

17.それから

 窓から見えたシンデレラは、まっすぐ前を見ていた。シンデレラが思い描く未来を想像してユリンの口元に笑みが浮かんだ。
 これからカエルではなく、王子を捕まえにいくんだ。カエル色の瞳の妖精を捕まえるよりも、きっと上手にカエル色の瞳の王子を捕まえるだろう。
 轍の音が聞こえなくなってからユリンは声を出して笑った。膝も笑った。空が遠くなった。気がついたら、シンデレラの家の庭で、ユリンは手をついていた。
 笑い声も笑い出して、しゃっくりしか出てこなくなった。真っ白なユリンの肌は、真っ赤になっていた。
 昨日で涙はもう全部流し終えたと思ったのに、これで本当に終わりだと寂寥とした気分になったところで、再び堰が崩壊してしまった。
 落ちた涙が石畳に描く模様が、島から大陸になった頃に、ようやくユリンは顔を上げた。
「師匠」
 月を背負って細く伸びた影は、よく知った人物のものだった。
「ユリン君」
 ユリンの呼びかけた人物が、神妙な顔で立っていた。
「僕は魔法使いになります。もう、迷いません。だから、塔に置いてください」
 嘘名を被る魔法使いは、ユリンの前で膝をつき、図体ばかりが大きくなった妖精の頭をくしゃくしゃになるまで撫でた。
「迷っていいんですよ。いくらでも泣いていいんですよ。貴方が本当に塔を必要とする限り、塔から逃げることはないのですから。だから、貴方が間違ったことをしたと思っていないのだったら……師に頭を下げずに、堂々としていればいいのです。そうでしょう?」
 声で返事することもできないユリンは、何度も、何度も頷いて、顔を上げた。
 ライは自慢の大馬鹿な弟子に手を差し伸べた。
「行きましょう。依頼主の運命を見守るのも、魔法をかけたものの勤めです」
 ユリンは、まだ震えてはいたものの力強く差し出された手を握った。


サンドリオンに恋した魔法使い
おわり(原稿用紙228枚)

おやま [BBZsJ-jBvcP-XzDuz-saovK] Mail 2006/02/11(土) 20:08:52

Ex.おまけとあとがき

 本編が終ったはずなのに、こういう場所を設けることそのものが作者の未熟なことだ。小さな妖精は唇を尖らせたまま、部屋の主を睨みつけていた。
「ユリン君、力の足りない作者をサポートするのも(多分)魔法使いの仕事です」
 塔の最上階の主こと、嘘の名を被った大魔術師ライは反抗的な妖精の態度に困り果てていた。
「ユリン、作中での作者のやり方に怒りを覚える気持ちはわからないこともないけれども……まあ、文句を言わずにやりなさい。さもなければ、私がやります」
 にっこりと校長は笑った。しかし目までは笑っていないし、両手で鋏を持ち空を切っている。さすがにユリンも顔色を失い自動人形のように何度も何度も頷いたのだった。

『勢いに任せて書いちゃったよ! 塔紹介レポートー!』
 三人声を合わせた後に、ユリンは恥ずかしさのあまり走ってどこかに逃げたくなった。しかし、後ろ首をつかまれてしまっては、できる抵抗もできなくなった。
「ユリン?」
 耳元でする鋏の動作音にユリンは恐慌状態への領域に近づきつつあった。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
「よろしい」
 エレンは獰猛な肉食花のような微笑でさらにユリンに追い討ちをかけてから鋏をようやくしまった。
「えー、エレンによる折檻を横目に一番上から説明します。一番上は塔のオーナーである私と、塔内の教育機関の長であるエレンと、それから預かり子のユリンの住居になっています」
「はい師匠質問です」
「ユリン、棒読みになっています」
「はい! 師匠! 質問です!」
「よろしい」
 本編で平常時の性格がほとんど出なかったことの恨みは恐ろしいものだ。ライは共生者の見えないところで冷や汗をかいていた。
「はい、何かな、ユリン君」
「塔って何ですか?」
「うーん。いきなりぶっちゃけた質問ですね。塔というのは空飛ぶ魔術師の家です。この作中に登場する国の建国とほぼ同時期に私が作りました。作中では教育機関としての塔の側面が強いですが、実際は塔空間内の閉鎖的地域社会のことを総称して塔、と呼んでいます」
「作中で登場する教育機関としての塔については、作中で校長を任されています私が説明致します。皆様の言葉でいうと、エスカレーター式学園というのが一番ぴったりうくるのではないでしょうか。塔に入学式・卒業式というものは存在しません。適当にライや他の教師陣が気に入った魔力を持つ子供をスカウトしています。時々大きい人もスカウトすることもあります。入学料や授業料は取りません。むしろ魔術師の家庭以外では支度金という名目でお金を払っています」
「イルフェさんは作中でも登場しましたが針子さんの家からここに来ています。ルグル君は実家は馬車屋です。だから運転したかったんでしょうね、多分。この二人は僕の魔力センサーに引っかかったのでつれてきました。イドン先生に関しては説明するだけでネタが一つ潰れるので今は伏せます」
「入学した子供(たまに大きな人もいますが)は、習熟度別のクラスに割り振られます。代々魔術師をやっている家の子供は家の中で基礎ができていたりしますので、中級のクラスに入ったりしますが、大体の子供は基礎クラスから始まります。必要単位が取れた時点で、次のクラスに昇格します。こういった教育中の生徒のことは皆まとめて見習い魔術師、と呼んでいます」
「作中に登場したルグル君とイルフェさんは大学1−3年生くらいの習熟度だと考えてください。ただし、ルグル君は悪戯がたたって、今も高校生程度のクラスに所属しています。スキップ王様のイドン先生は、教授の下につきじかに魔術を習う……まあゼミに所属する大学4年生・大学院生の過程ですねー。それを経た上で今年の秋から講師になっています」
「直接の師匠から一人前とのお墨付きをもらった時点で一人前の魔術師となります。その後の進路は塔から出ていくもより、塔にさらに残って己の魔術の限界を極めるもよし、他の魔術師が構成する機関に所属するもより、です」
「本作の最後に僕がいいましたが、塔に残れる人は、塔を必要としてくれる人だけです。ですので、塔のことが必要ではない人、塔にいる必要を見出せない人は皆旅立つこととなります」
「ぱちぱちぱちぱち。師匠も校長も長い説明ありがとうございます……ふぁぁ」
「ユリン、絞めたらないかしら?」
「!! ええと。それでは次の質問です……。あ、これは手紙が来ているんですね……。塔在住の見習い魔術師Iさんからのお手紙です。『作中にちらりと私の描写のことが出てくるのですが、私の髪の毛の色、序盤だったら栗色なのに終盤だったら亜麻色になっているんです。これはどうしてでしょう? あたし誓っても自分の髪の毛染めるなんて不良みたいなことしてません!』」
「はい。それは完全に手違いです。すみません、イルフェさん……。イルフェさんは優等生な雰囲気の赤毛のアン、のイメージがあります。何故亜麻色なんて書いたのか作者にもわからないそうです。ちゃんと推敲しろ、ってことですね」
「作者はハサミでちょんぎる……いいですね?」
「校長を敵に回して作者に明日があるのでしょうか。ああ、今度は塔在住のI講師からですね。『結局どうしてシンデレラが家出なかったか、これじゃわからんのじゃないか。オレはわかってるからいいけれども』……確かに彼女のことでも僕にはわかりません。おしえて師匠ー」
「はい。では街に詳しい僕が説明することにしますか。それも作中で作者がうっかり設定を忘れた為に起こった悲劇です。作中終盤で、『王子の嫁決めパーティは国の15歳以上の女性全てに招待状が配られる』という描写がありますが、もう一つ条件があります。『貴族の』です。なので、シンデレラさんは貴族の地位に固執して家を出るわけにはいかなかったんですよ」
「作者は切り刻んだあとに塩もみすることでいいですね?」
「こうして作者は塩もみダイエットで水分が出てかなりいい感じにしまるんじゃないでしょうか。……ええと、あとはどうせ枚数増やすならばオレっちの出番を増やせコルトと一緒に出させろ、と複雑なRからの手紙も来ていますが割愛します」
「Rよかコルトの話を書きたいんじゃと作者が暴れていますわね」
「校長はコルトの話が出ると必然的に自分の出番が増えるからかなり乗り気のようです」
「あーでもエレン。作者はこれからしゅうかつ? とやらでずいぶん忙しいそうですので、この辺にしておいたほうがいいんじゃないですか?」
「共生者に止められたらやめるしかありませんわね。それでは作者いぢめもこの辺にしておきましょう」
「校長は痛めつけるのをやめましたが、作者はMっけたっぷりな人ですので、鋭い指摘とかあったら『あーん、痛気持ちいー』といって喜ぶと思います。この子が贔屓なんですみたいなパッションな感想もキャラを親のように可愛がる作者だから大変よく喜ぶと思います。まあつまり何といいますか、僕に幸せな恋愛をさせる為に作者にカミソリ入り感想を送ってくれたらうれしいなー、ということです」
「他の人の作品の感想をちゃんと書いてからねだりましょうねー、作者」
「ライが作者にとどめをさしたところで、お開きにしましょうか」
『ご愛読・ありがとうございましたー』

おやま [BBZsJ-jBvcP-XzDuz-saovK] Mail 2006/02/12(日) 23:07:20
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