夢唄

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一話完結の短編です。
僕自身「恋愛もの」が好きなので、ジャンルが偏ってしまうかもしれません。
一生懸命がんばって仕上げましたので、もし感想や批評などをいただけたら幸いです。

雪桜人形『紫苑』 [YeKhI-aEErm-WSglE-bjPqX] Mail 2005/01/22(土) 15:51:27

-snow white-
 雪が、降っている。
 頭上に広がる白い雲から。
 あてもなく。音もなく。
 ただ、しんしんと。
 足元には、純白に輝く雪の絨毯。僕が歩を進めるたびに、サクサク音を立てて足跡を作った。
 雪は降り積もる、道を歩く僕の肩にも。まとわりつく雪の冷たさは、羽織ったコートの上からでも肌を刺した。
 コートのポケットに入れた両手は、厳しい寒さに少しだけ震えていた。



 今日は、別れの日。
 旅立つ君と、この場所に残る僕の。
 遥か遠く、手の届かない場所へと向かう君を、雪や僕が止められる筈もなく。さよならも告げられないまま、今日という別れの日はやって来た。
 だけど、今日こそはしっかり別れを告げたいと思う。
 いつも二人で来たこの小さな公園。長い道程を歩き、やっとたどり着いた。こんな天気で、遊ぶ子供は誰もなかった。
 将来の夢を語り合い、励まし合い、そして時には喧嘩した。君と僕の、大切な場所。
 そこにも、変わらず雪が降っている。
 でも、ただそれだけのことで、いつもの公園は白く幻想的な世界へと変わる。
 空は白、地面も白。
 世界が浄化されてしまったかのようで、眩しさに目がくらんでしまう。粉雪は、涙で滲んだ僕の視界を、さらに白く見えにくくした。
 僕の瞳から見える世界。
 君がこれから進む世界。
 今、その二つは違う。

 その輪郭を失くしゆく世界。
 音もなく。ゆらゆらと。

 ねぇ。
 君は今、泣いてる?  それとも、笑ってる?
 答える人はいないけれど、寒空に一人訪ねてみた。
 君が旅立つのはやっぱり悲しい。だけど、僕は笑顔で見送るよ。
 その為に、今日ここへ来た。
 公園に咲いた、小さく白い花。君が「綺麗」と笑った、可愛く可憐な花。
 今、君の為に手折ろう。
 それが、僕と君の『別れの儀式』なんだ。
 僕は、白い地面に真っすぐ咲く、たくさんの花を見下ろしていた。
 冷たいはずの雪をかぶったその姿は、上からだとすべてが白く見える。雪の花が咲き乱れている、そんな綺麗な光景だった。
 その中から本当の白い花を探すため、僕はその場にしゃがみこんだ。
 一つ一つの花の上に積もった雪を、指で優しくはらっていく。その花すべてに君を重ねる。そう思えば、指先は自然と優しくなった。一つ一つ丁寧に、小さな花びらをなでる。
 そうすると、その中から赤、青、黄……色鮮やかな花が姿を現した。白いキャンバスの上に絵の具で色をつけていくように、白い雪の上が花の色で彩られていく。
 いつしか雪の上には、綺麗な花の芸術が出来上がっていた。白い雪の色を背景に、鮮やかな花の色が映える。すべてが自然そのもので作られた芸術に、僕はしばらく見とれていた。雪の冷たさも、いつの間にか気にならなくなっていた。
 ゆっくりゆっくり時間をかけて、あの白い花を探す。僕の目当ては、その花だけ。たった一輪だけでいい。それ以外の花は手折ってはいけない。そんなことをしたら、花が大好きな君に怒られてしまうから。
 
 僕は、幼い頃にやった「宝探し」を思い出した。
 地面に埋めておいたオモチャを探して、一生懸命柔らかい土を掘って探していく。時には、草むらをかき分けたりもしながら。
 苦労して、ようやく見つけた時の嬉しさは、当時の僕にはとても大きなものだった。逆に、どうしても見つからなかった時は、悔しくて悔しくてしょうがなかったけれど。

 そういえば「宝探し」は、君とも一緒にやったなぁ……。すごく、楽しかった。
 僕が隠したオモチャを君が探して。見つけたら、次は君が隠したオモチャを僕が探して……。そうやって、日が暮れるまで遊んでた。楽しかったのは、君と一緒だったからかな?
 遠い日の思い出にひたりながら、僕は白い花を探した。
「あっ……あった」
 しばらく時間が経って、僕は白い花を見つけた。もうたくさんの花をなでた後で、僕の指先は冷え、真っ赤になっていた。それでも手をのばし、その茎をそっと掴む。
「……ごめんよ」
 僕は、その花を手折った。

 

 雪が、降っている。
 帰りの道のりを歩く僕の上に。行きよりもかすかに弱くなった雪は、僕の肩の上に優しく積もった。包み込むように、肩に積もる雪。その冷たさにはもうなれて、今はそれさえも優しく感じた。
 歩きながら、僕はそっと目を閉じた。降る雪が閉じたまぶたに当たり、溶ける。僕は、涙と一緒にそれを拭った。

 君の前ではもう泣かない。僕は君を、笑顔で送るんだから。そう、もう一度強く心に決めた。



 白に彩られた道を歩き、君の家の前へとたどり着く。そこまでの道程は、普段よりとても短く感じた。気付いたら、家の前へたどり着いていた、という感じだ。
 もうすぐ、見送りの時。僕は玄関の扉を開け、家の中へと入っていった。

 ついさっき手折ったばかりの白い花を手に握りしめ、僕は羽織ったコートを脱いだ。玄関に、白雪が零れ落ちた。
 家の中は人の温もりで溢れていたけど、それでもどこか冷たかった。



「今日はわざわざ来てくれてありがとうね、コウジくん。ミサもきっと喜ぶわ」
 僕の恋人――ミサのお母さんが、僕を温かくもてなしてくれた。彼女から手渡されたピンクのタオルで、雪に濡れた髪の毛を拭きながら僕はそっと笑顔を作った。
「いえ……いいんですよ。僕が望んだことですから」
 少し恥ずかしくなって、ちょっとだけはにかんでみせた。彼女は、微笑んで言葉を続ける。
「いきなりこんなことになって戸惑っているだろうけど……あの子を、ミサをそっと見送ってあげてね」
 少し悲しそうな目で、僕は見つめられた。

 戸惑いが全くない、そう言えば嘘になるだろう。突然の別れは、ずっと僕の心を強く揺さぶってきた。
 けれど、決して避けられない別れならば……僕は受け入れるしかない。

 しばらく言葉に迷ったが、僕ははっきりとした覚悟をしていた。
「……はい」
 小さく、それでも強い意志を込めて、僕は答える。ここまできて、今さらやめるわけにはいかない。強固な意志が、僕を突き動かした。
 僕は彼女に背を向け、二階への階段を上がった。
「……お願いね、コウジくん……」
 後ろからは、彼女の小さな呟きが聞こえた。



 君の部屋の中。
 僕は君の隣に立って、君の顔を見つめた。
 本当に、君は綺麗な顔をしている。
 雪のように白くて、繊細で、儚くて、触れれば溶けて消えてしまいそうだ。
 しばらく、僕は君を見つめていた。瞳に涙を浮かべて、僕は口元で笑顔をつくる。
 泣いちゃだめだ。僕は、泣かないって決めたんだから。
 首を振り、精一杯の笑顔を作って、僕は呟いた。
「さよなら、ミサ……」
 棺の中に眠る、君の寝顔の隣に、僕はそっと白い花を添えた。

雪桜人形『紫苑』 [YeKhI-aEErm-WSglE-bjPqX] Mail 2005/01/22(土) 15:52:33

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