まわりみち

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 真夏のギラギラとした太陽が、私の敏感な肌に突き刺さってくる。日焼け止めを塗りた
ぐったものの、何ともならない京都の暑さにはうんざりする。地元の人ですら冴えない顔
をして街を歩いているのだから、海外帰りの私にとっては相当なことであった。
 私が語学留学先のオーストラリアから帰国したのは、つい二日前のことだ。向こうは季
節が正反対の真冬で、私の体はまだその状況に適応していて、非常に気だるかった。
 うだるような暑さの中を歩くのには、相当な理由があった。実は今日三年ぶりに地元の
友人と会う約束をしていたのだ。これは私が海外に滞在している時から既に決定したもの
あったが、肝心の私はイマイチ乗り気でなかった。

「千春、元気にしていた?」
 真っ先に私を出迎えてくれたのは前島まどか。私と最後に会った三年前とちっとも変わ
っていなかった。あどけない顔立ちと、どこから声を出しているのかわからないハイトー
ンな話口調。私は表向き最高の笑顔で彼女を迎えたが、内心は全くの裏腹だった。まどか
はきっと私の変化に気づいてなんかないだろう。

「よう、お久しぶり」
 むしろ会いたったのはこちらの方だった。声が響いただけなのに、私の胸は何かにえぐ
り取られたかのように痛んだ。拓馬の声を聞いただけで、震えが止まらなかった。
「久しぶりだね。随分大人になったね」
「そりゃそうだよ。だってもう三年半も会ってないんだから」
「就職決まったんだってね、おめでとう」
「サンキュー。かなり時間がかかったけどね」
 いつまでも彼と話がしたいと思った。オーストラリアでの土産話がざっと三年半分ある
ので、どれから話していいのかわからないくらいだ。けれども今日はそんな目的で集まっ
たわけではない。もっと大切なことが三人の中であった。

「ナカジのことだけど、千春も知っているよね?」
「知っているよ」
ナカジとは中島智也のことを指して言う。私達三人と大の仲良しだったメンバーの一人
だ。彼は今ここにはいない。今日は彼と会うために、みんなが一同に集まったのだ。
「ナカジに会いに行ってくれるよね?千春が来てくれるのをきっと待っているよ」
 まどかが私のことを千春と呼ぶことに対して、非常に腹立たしい思いがした。確かに私
達は友達だったのかもしれないけど、今は違う。私達の距離は相当遠くなったんだから、
せめて前島さんと呼んでほしい。
「お見舞いにはもちろん行くよ。二人も一緒に来てくれるよね?」
「そのつもりだけど」
 拓馬が答えると、まどかが不機嫌そうな表情を見せた。ほんの一瞬の顔の歪みだったけ
ど、私は見逃すことはしなかった。だって三年間一緒に過ごしてきたのだから。相手の癖
や性格くらい、すべてお見通しなのだった。

「ナカジの病状は一進一退を繰り返している。今の所は安定しているみたいだけど、容態
は決して良くはないみたい」
 まどかが簡単に説明してくれた。中島のことで場は一気に静まり返った。喫茶店は元来
お喋りをするスペースなのだが、彼のことを考えれば明るく話せるわけがない。
 それにしてもあんなに元気だった彼がまさか病気にかかることになるとは、私は全く予
期できなかった。陸上部の短距離で抜群の瞬発力を生かして、県内では有数の選手だった
のだから。それだけに私はこの病気のことを知った時。全く信じられなかった。受話器の
向こうで拓馬が嘘をついているように感じて、私はしばらく信じなかったほどだ。

「信じられないよ……」
 私がポツリと言った。まどかと拓馬は俯いたまま、何も答えない。彼の病状が予想以上
に酷いことを物語っていた。

ユーレイ [YeKhI-LdZMD-wQODy-eCIJI] 2005/06/29(水) 23:58:45

タイムスリップ
  きっかけは私達四人が最初の学年で同じクラスになったことだった。四月の終わりには
いつのまにか仲良くなっていて、一緒に映画を観に行ったことを覚えている。出会った時
から知り合いになるまでの記憶が殆どなく、いつの間にか友人となっていたのである。
そして五月には私とまどかはソフトテニス部に入り、拓馬はサッカー、中島は陸上部に
それぞれ入部した。拓馬と中島の二人は元々中学から続けていて、自然の成り行きでそう
なったのだ。
 最初の頃はそれぞれ部活に慣れようと、精一杯頑張ったから四人で会う機会はほとんど
なかった。日々は高層エレベーターのように過ぎ、夏休みがあっという間に終わった。だ
が変化は夏を越えて訪れた。
    
「相談があるんだけど」
 まどかに相談を持ちかけられた私。ちょうど四人で秋祭りに行って、中島と拓馬と別れ
た後のことだった。彼女から相談を持ちかけられたのは初めてだったので、少しだけ嬉し
かったのを覚えている。友人として認められた証とでもいうのだろうか。
「いいよ、何でも言って」
「千春だから言うけど、笑わないでね」
「絶対に笑わないわよ。だから気にしないで言って」
 私が笑顔を見せると、ようやくまどかは落ち着いた様子で話し始めた。
「拓馬のことが好きになっちゃった」
 円らな瞳を輝かせてまどかは言った。
「そうなんだ」
 私は誤解を与えかねない素っ気無い態度で返答した。でもそれは正直な気持ちだったか
ら、仕方のないことだった。
「やっぱりダメだよね。今言ったことは忘れて」
 まどかは慌てて取り消そうとした。
「取り消すなんてことはしないで。まどかの拓馬に対する気持ちはよくわかった。協力で
きることがあれば何でも協力するよ。だから頑張って」
 考えてみれば私はこの時から全く正反対のことを口にしていたのだ。思いは全くまどか
と同じだったのだから。私だって夏休みの間ずっと拓馬のことばかり考えていたのだ。友
情と恋との間に揺れる女子高生、思えばあの時期が一番楽しかった気がする。
 
 まどかはそれ以後私の前で拓馬のことを口に出すことはしなくなった。何だか可哀想な
ことをさせたけれども、四人の友情関係を続けていくのはこれがベストな選択だった。拓
馬も自然な関係に満足そうだったし、私はこれでいいんだろうと妙に納得していた。一方
で私はこの自然な関係がいつまでも続かないことを何となく理解していた。

「何考えていたの?」
「うん?」
 拓馬にポンと肩を叩かれてようやく我に返った私。どうやらしばらくの間、タクシーの
中から京都市内の風景を眺めながら、タイムスリップしていたらしい。この癖は今に始ま
ったわけではないのだが、琢磨に指摘されると特に恥ずかしかった。
「オーストラリアの彼のことでも考えていたんじゃない。図星でしょう?」 
 前の座席に座っているまどかが全く的外れな事を言った。それなのに拓馬は同意するよ
うに、首を縦に振った。
「まどかの言う通りだね。何だかんだ言ったって海外の男はかっこいいからね。それに日
本人と違って面倒見もいいし」
 ショックだった。まさか拓馬がまどかの的外れな意見に賛同するとは。
「勝手な妄想は止めてよ。私は向こうで男なんて作った記憶はありません」
「ヤケにならなくてもいいやん。冗談半分で言ったのに」
 まどかが小声で笑った。それに釣られるように拓馬も笑う。そして最後にはタクシーの
運転手さんまでが笑った。私の顔はみるみるうちに紅潮していた。きっと日本に戻ってき
ていて日も浅いから、鈍感になっているだけなんだ。私は二度自分の頭を叩いてみせた。

「お客さん、病院に着きましたよ」
 タクシーの運転手さんの言葉で、拓馬とまどかの表情が一気に険しくなった。私達はそ
れぞれが準備してきた中島へのお見舞い品を片手に持って、受付に向かった。

ユーレイ [YeKhI-LdZMD-wQODy-eCIJI] 2005/06/30(木) 18:25:33

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